七話:狂気
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投げ槍気味にそれだけを言ってヴィクトルから顔を背け、早く帰りなさいとでも言うように手を振るプレシア。だが、彼は気にすることもなくプレシアを見つめながらポツリとある言葉を呟く。
「そうか……あなたはフェイトを愛していないわけではないのだな」
彼の言葉に彼女は耳を疑った。自分が? 愛している? 誰を? フェイトを? 全く持ってふざけているとしか思えない。自分があんな出来損ないの人形を愛しているはずがない。そう思うと何故か、どれだけ辛く当たっても自分を母さんと呼んで慕ってくる人形の姿が脳裏によぎるが彼女はそれを振り払って彼に怒鳴り返す。
「私がフェイトを愛しているですって? ふざけないで! あんな物は私の娘じゃない!!」
「プレシア・テスタロッサ……君はなぜ、憎しみが生まれるかが分かるかね?」
どこまでも重く、底冷えする様な声が静かに部屋に響き渡る。彼女はその声に怒鳴るのも忘れて口を噤んでしまう。知らず知らずの内に背中に冷たい汗が流れていく。彼は彼女が何も言わないのを見ると演説を行うかのように話し始める。
「誰かを憎むとき、人は望む、望まないに関わらずその者を愛している」
「家族を殺した殺人犯を憎むことも愛していると言うのかしら」
「常に心のどこかでその者を想い続けるという行為は愛と呼ぶかね? それとも憎しみと呼ぶかね?」
その問いにすぐに答えられずにプレシアは黙り込む。ヴィクトルは元々答えて貰おうとは思っていなかったのか返事を待つこともなく話を続けていく。
「愛と憎しみは表裏一体とはよく言うが人は無意識のうちに愛と憎しみは別物だと信じている。だが、表裏一体であれば切り離せないどころか本質は同じという事だ。コインは裏と表で分けられるが、それを何かと問えば殆どの者は裏や表とは言わずにコインと答えるだろう。コインに表が存在する以上は裏も同時に存在する。つまりは誰かを愛している以上は必ずその誰か憎んでいるのだ。……そして、また逆もしかりだ」
狂っている。ヴィクトルの考えにプレシアはそう思わずにはいられなかった。彼女は自身が誰かを愛していることすら憎しみだと宣言する彼が同じ人間には見えなくなった。普段の大人びた姿は全て仮面であり、仮面の下から彼本来の狂気が覗いてきたように感じて思わず身震いをしてしまう。そこで彼女は初めに感じた違和感の正体はこれだったのだと理解した。
「コインが裏返れば強い愛は容易く強い憎しみになる。“俺”みたいにな」
口調を変えたヴィクトルが双剣と黄金の懐中を取り出してプレシアの前に置く。これは何なのかとプレシアが視線を送ると、ヴィクトルは愛おしそうに剣を撫でながら悲しみと喜びが籠ったような不可思議な声色で話し始める。
「兄と父の形見さ。もっとも……私が殺したのだがな」
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