七話:狂気
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世界の人間に過ぎなかったのだと知った時、“ルドガー・ウィル・クルスニク”という人間は壊れた。人間には自分が自分であるという確固たる信念、アイデンティティーという物がある。子供が思春期おいてに安定しないのは、まだこれが形成されていないのも理由の一つにある。
ヴィクトル、つまりルドガーは成人にもなりアイデンティティーをしっかりと形成していた人間だった。しかし、自分のアイデンティティーの形成に関わってきた全ての物が偽物だったと知った瞬間に彼のアイデンティティーは簡単に崩れ去り自分が何者であるのかも分からなくなってしまったのである。
「実に滑稽だったよ……今まで偽物と言って大切な者を切り捨てながら分史世界を壊してきたのに真実は自分達も偽物だったのだから」
「……偽物だと言うわりにはそこまで堪えてなさそうね」
プレシアの皮肉気な言葉にヴィクトルはどこか懐かしそうな顔をしながらカップを手に取り残りを飲み干す。
「かつてならこうして話すことも嫌だっただろうが……今の私は気付くことが出来たのだ。偽物などいないと、私とルドガーは別人なのだと」
「つまり、あの男は……」
「そう、ルドガーは正史世界の私だ」
その言葉以降、二人の間に会話はなくなり、静寂の中に紅茶を飲む音とカップを置く硬質な音だけが響き渡る。プレシアは、表面上は顔色一つ変えてはいないが内心では様々な事を考えていた。まず、ヴィクトルが自分を偽物だと言ったことだ。フェイトとは少し違うかもしれないが同じ偽物。だというのに、彼は己の全てを知ってなお、自分が偽物ではないと悟った。
以前に娘を偽物扱いしたと言ったがそれは自身が偽物であるが故だろう。そうなってくると自分とは違う。アリシアは自分がお腹を痛めて産んだ子だがフェイトは違う。あれは作り出したものだ。娘ではない。実際に血の繋がっている娘を持つヴィクトルと自分は違うのだと考えると何故だか心が落ち着いた。その事こそが自分が心の奥底ではフェイトとの関わり方に疑問を抱き始めていたせいだとも気がつかずに。
「話はこれで終わりよ。もう帰っても構わないわ」
「いや、まだ私の方から質問がある」
「……何かしら?」
「何故フェイトに辛く当たる?」
プレシアはヴィクトルの言葉にあからさまに顔をしかめる。ヴィクトルの前でフェイトの“しつけ”をしたこともなく、罵倒したこともない。それにも関わらず聞かれたという事は独自に感づいたのか、アルフあたりが教えたのだろう。フェイトが自ら虐待に近いしつけを受けているなどと言うことは無いとプレシアは信頼にも似た確信を抱いていた。ごまかしても無駄だと思ったプレシアは溜息を吐きながら質問に答える。
「見ているだけで憎しみが湧いてくるからよ。それ以外でもそれ以下でもないわ」
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