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渦巻く滄海 紅き空 【上】
八十六 混然たる森の中で
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試験で目の当たりにしたものだった。
「―――【蛙組手】!!」

ネジの視線の先では、次郎坊の怪力を易々と受け止めたナルの姿があった。



「うお…っ!?」
次郎坊の身体が浮く。

軽々と巨体を持ち上げ、先ほど投げ飛ばされた仕返しとばかりに思いっきり背負い投げる。
狭い土牢の中で、次郎坊が苦悶の声を上げた。
「ナル…お前、」

見えないナルの姿を、皆は土牢の外から呆然と見つめた。荒い息遣いの合間に、ナルが静かに口を開く。
「オレ…まだアマルのこと、引き摺ってんだ…」

土の壁を隔てて、ナルの声が聞こえてくる。
アマルという名に、ナルから相談を受けたキバとシカマルだけがぴくりと反応した。

「サスケは連れ戻す……けど、オレは怖いんだってばよ」
「怖いって…何が?」
訝しげに、いのが問う。彼女の質問に、ナルは寂しげに笑ったようだった。

「サスケに……否定されるのが怖いんだってばよ」



アマルとの一件。
それは未だに根強く、まるで呪いのようにナルの心を絞めつけている。
確かに友情を感じたからこそ、ナルはアマルのことを思うと胸が痛くなる。
僅かな期間、友達だったアマルでさえこうなのだ。
同じ七班として共に過ごしたサスケから決別されるなど、考えたくも無い。ましてや、里に帰るのを否定されたら……。

「……けど、サスケは仲間だ。同じ木ノ葉の忍びだ――――友達、だ」
大きく息を吸って、ナルは一言一句大切に告げる。特に『友達』という言葉には深みと重みがあった。
「だからオレは、こいつを倒す事で、自分の弱さを克服する」


別れは人を臆病にする。
ナルはまだ、精神的に不安定だった。
アマルとの別れを克服出来ていなかった。
里人に忌避され、孤独だった過去があるからこそ、彼女は人との繋がりを大切にする。
故に、その繋がりを断ち切られる事が誰よりも、怖いのだ。
けれどその一方で、サスケに否定されるのを怖がる自分を、ナルは克服したかった。
敵を倒す事で、臆病な己の怖じ気を打ち消し、自身を奮い立たせたかった。

「お前を倒して、弱い自分を振り切らせてもらうってばよ!!」
「…面白い。やってみろ」
ナルの啖呵に、次郎坊が応えた。

見えなくとも、土牢の中では両者とも戦闘態勢に入っているのだろう。何も出来ない歯痒さを胸に、他の面々は躊躇する。
「でも、ナル一人を置いて…」
「早く行けってば!!」
逡巡するいのの言葉を遮って、ナルが再び促す。
「こいつはオレに任せて、あいつを…サスケを追ってくれってばよ!!」


あえて【土牢堂無】を壊そうとしないナル。ひとえにそれは、次郎坊を彼女自身に引きつけ、自分達のほうへ行かないようにしているのだ、と木ノ葉の忍び達は皆察していた。

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