彼女は天を望まず
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なのだから。
つまり彼が関わった者達に、生きる人に与えたいのは……世に謳われる黒麒麟や黒き大徳、覇王ではなく……天命を以って人の世を捻じ曲げようとする、“天の御使い”を殺す力。
天を殺し人を生かすと言えば大仰だが、自分で運命を切り拓くと言えば分かり易かろう……そんな普通でありきたりな事を彼は人々に与えたいのだ。
――これほど“人”を愛している存在を……“天の御使い”なんて……呼べるわけない。
嗚呼、と吐息を漏らした。
愚かしく舞台で踊る乱世の道化は、皆に笑って欲しくて道化師を演じる。
自分がソレではないから、自分がそれになりたかったから、自分はそれが羨ましくて仕方ないから、せめて笑顔を見せてくれ。きっとそんな気持ちもあった。
――どうか人の世を。どうか、人が生きている世界を。誰の別なく、自分達で幸せを探せる世界を。
彼の願いの本当の姿に気付けたことで、胸の内から愛おしさが溢れ出す。
やはり、華琳と同じ。この世に生きている人の全てに想いを向ける。だから王で、だから華琳という覇王に近しかった。
そして効率をも選ぶ彼は華琳の元でしか生きられないのに、華琳の元に居てはならない。
「ひなりん?」
「あわっ」
唐突に掛けられた声に思考が中断された。
見れば月と詠は机の側によって料理を見ている。それほど長くは思考に潜っていなかったようだが、秋斗が不思議に思って話し掛けたのだ。
「どうした?」
「す、少しぼーっとしてしまいました」
「む……今日は疲れたか?」
「いえ、大丈夫です」
微笑みを一つ。気付いた真実を頭に仕舞って。
「……無理はすんなよ」
「あわわ、酔ってしまわないように気をつけましゅ」
優しく頭を撫でられて照れた雛里に、秋斗は苦笑を零して机に寄って行く。
大きな背中を見ていれば抱きつきたくなる。彼にそうして抱きつくのは今じゃないから、誰にも聞こえないよう心の内で雛里は零した。
――話してくれなくていいです。聞くこともしません。誰にも話しません。でも……
きっと自分から話すことは無いだろう。彼女が真実を突かなければ秋斗は何も教えないに違いない。
矛盾を背負うと、嘗て雛里は約束した。前と変わらない。本当にこれがそうなのなら、彼を支えるには誰かが気付いて、それでも信じてやらなければならない。
皆で仲良く支えるなど到底出来ない。自分で気付いたモノ以外がそれを口にすれば、きっと彼は壊れるだろう。彼との想いが繋がった彼女だけが、彼の心の領域の奥まで踏み込んでもいい。他に教えることは、彼の心を土足で踏み荒らすに等しいのだから。
願った。祈った。想った。紡いだ。雛里は目を瞑り、続きを胸に留めた。
――この世の全てが敵になっても、私
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