8部分:第八章
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第八章
「孟子は言っていることはよいのだが」
彼はこの書については思うところがあった。
「ちと理想ばかり追い求め過ぎておるな。これでは現実に対しては弱い」
彼は現実主義者であった。武芸は現実の世界のものであるからだ。
空想で武芸を語っても肝心な時にやられるだけである。彼はそれよりも実際に鍛錬を積み相手を打ち負かすことが必要であると考えていた。
「それでも見るところはあるな」
一方で孟子の良いところを認める度量はあった。
「孟子のいいところは主張がわかり易いところじゃ」
彼はそうした意味で孟子を認めていた。
「人に信用される人間や国になれ、か。それは同感だ」
彼は血気盛んであった。それだけに孟子のそうした正義感の勝つ思想は気に入っている部分があった。
「それに行動が伴わなくてはならん。やはり人は動かなければならんのだ」
そうしたことから彼は朱子学は好まなかった。陽明学に深い共感を覚えていた。
地合同一、彼は常にそれを念頭に置いていた。
だからこそ武芸にも励んだ。日々鍛錬し己を磨くことが彼にとっては不可欠のことであった。
それを考えると今家に出て来ている化け物達の相手も修業のうちであった。そう考えると苦にはならなかった。
読み終え書を置く。そして寝室に入ると何やら尺八の音が聞こえてきた。
「来たな」
平太郎はその音を聞き笑った。そして障子が開くのをゆっくりと待った。
すると虚無僧が入って来た。尺八を吹いている。どうやら先程の音色は彼等のものらしい。
「成程」
それを見ながら妙に頷くところがあった。この笛の音を聞いていると何故か気が和むのであった。
「妙なことがあるものじゃ。化け物の笛で落ち着くとは」
不思議ではあったが納得した。例え化け物が吹いていても尺八は尺八であった。それを聞いていると落ち着くのも当然であった。
見れば一人ではなかった。ぞろぞろと入って来る。そして彼の周りを歩き回った。
それ以外は何もしない。やがて彼等はその場に寝転がりだした。
「おい、待て」
かなりの人数である。これだけの数に寝られては流石に彼の寝る場所がなくなってしまう。それを怖れたのだ。
だが相手は化け物である。言っても聞くとは思えない。仕方なく彼は退き壁にもたれかかった。
「今日もここか」
苦笑しながらまた壁にもたれかかって眠りに入った。そして朝日が昇ると共に目覚めた。
十日には夕暮れ時に馴染みの者がやって来た。
「久方ぶりじゃのう」
見れば隣の村の貞八である。
「おお、お主か」
平太郎は彼の顔を見て顔を綻ばせた。
二人はかねてよりの馴染みである。やはり武芸を通じて知り合った。
剣の試合に出た時に会った。そして勝負をしているうちに打ち解け合ったのである
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