第一話
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迷宮都市オラリオが所有する土地の中で比較的借用金が安い宿屋。そこがダンジョンで疲労を背に背負った私の憩いの場。
「やあ。いつもよりお疲れのご様子だね?」
立て付けの悪い扉をぎぃぎぃと音立てながら部屋に入ると、色々と雑貨が置かれているちゃぶ台に頬杖を突きながらフランクに話しかけてくる、この世の人とは思えないくらいの美女がいた。
まぁ、この世の人じゃないからね。
月光を体現したような目覚める銀髪を背中まで流し、細い線で描かれるラインは同性の私が喉から手が出るほど欲しくなるものだ。
大きな瞳に縁取られた長い睫毛に、つんと上向きの鼻、陶磁器のような白く瑞々しい肌に浮かぶ薄い桜色の唇。
外見年齢は18歳前後の超絶世の美女の名前はセレーネ。揶揄隠喩など皆無の正真正銘の神様。
ヒューマンや亜人、ダンジョンに出現するモンスターたちとも異なる、一つ次元が違った超越存在。
人智を超えた存在である彼女を包む空気には言いようのない、一目見ただけで格別の存在なんだと思い知らされるような神秘が散りばめられている。
「そうですよー。なので早いところ【ステイタス】の更新、お願いしますー」
本物の神に向かってとんでもない不躾な態度で返事をする私。だけどセレーネ様はそっちの方が良いと言うのだから仕方ないね。むしろ今の返事にも少し不満げな気配を漂わせるまである。
私が背負っていたパンパンの荷物をよいしょと下ろして、神様の隣にごろんとうつ伏せになる。
セレーネ様は「やれやれ」と嬉しそうな声音で相槌を打ちながら、私の背に遠慮なく跨った。しかし私の背に感じる重みはふわふわなお尻だけで、あなたの胸に付いてる大きなものは中身スッカスカじゃないの? って言いたいくらい軽い。
帰宅した時点で上は裸になっている私の背を、心地の良いひんやりと冷めた手で優しく撫で回す。それからちゃぶ台に置いてあった真っ赤な液体が入ったビンを取って、ぴんと音を鳴らしてふたを取った。
「さぁて、クレアの努力が報われるかな?」
「セレーネ様、その見た目で悪戯っ子の口調ってやっぱり違和感が……」
「ふふ、そこが私のアイデンティティだよ」
ぽつんと生暖かい液体が一滴、疲労困憊の私の体に落ちた。皮膚に落ちた滴は波紋を広げて背中から体に染み込んでくる。
セレーネ様の血だ。たった一滴の血だけにも、ただのヒューマンである私にも解るほどの神秘で満ち溢れている。
自分の血を指先に湿らせたセレーネ様は慣れた手つきでさっさっと軽いタッチで刻印を施し、たった十秒足らずで【神聖文字】を塗り替え付け足したセレーネ様は私に跨ったまま手近にあった羊皮紙をひらりと手に取って、淡い光を紙に照らし出す。
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