暁 〜小説投稿サイト〜
メフィストの杖〜願叶師・鈴野夜雄弥
第四話
V
[3/4]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
一方、藤子はこの様な夕刻に何処へ行ったかと言えば、大口の取引先へと顔を出していた。
「今晩は。」
 そう言って藤子が入って行くと、そこには一人の男性がいた。
「お藤さん。」
 男性は笑みを見せて立ち上がると、藤子の元へと歩み寄った。
「今日も来てくれたのかい?」
「本当は毎日だって来たいわ。」
 そう言うや、藤子は男性の唇に自分の唇を重ねた。
「俊夫さん…。」
 藤子は男性…俊夫の耳にそう甘く囁く。
 この男性は桜井俊夫と言い、岡澤乾物と言う会社の専務だ。歳は三十六で既婚者だが、二人はそれを承知で逢瀬を重ねていた。
「お藤さん、ご亭主は大丈夫なのかい?」
「あんなのは放っといて良いのよ。夜だって全くだし、娘は娘で役立たずだし…本当、お金がなけりゃ直ぐにでも別れたいわよ。」
「おぉ、怖い。」
 そう言うや、俊夫はそのまま藤子を隣の仮眠室へと連れ込んだのだった。
 そんなことなぞ露とも知らず、梓は家で夕飯の支度を進めていた。と、そこへ玄関から戸の開く音が聞こえたため、梓は父の帰りと思って玄関へと出た。
「お帰りなさい。」
 梓はそう言って両膝をつき、深々と頭を下げた。
「ああ、帰った。」
 父の洋介はそう一言言った切り、他には何も言わずに梓を残して自室へと入った。
 いつものことだ。昔…前妻である梓の母、花江が生きていた頃は穏和で良く笑う人物だったが、花江を亡くしてから少しずつ感情が薄くなり、今ではもう何を考えているのかすら分からない。藤子がこの様な時刻に出掛けても咎めもせず、ただ淡々と家と店を往復するだけ。それが反って梓には重たかった。
 梓は夕飯の支度を済ませると、父と祖母を呼びに行き、二人が来る頃合いにご飯と味噌汁を出した。
 三人はただ黙々と食べた。藤子がいないことなぞ今に始まったことではないのだ。
「ごちそうさま。」
 洋介はそう言って箸を置き、直ぐに席を立って自室へと下がった。
 二人は何を言うこともなく、そのまま食事を続けたが、二人が食べ終わる頃にやっと藤子が帰ってきた。
 藤子は挨拶もなく、「早く出して。」と言って席に着いた。これもいつものことだった。勝手気儘…いや、単なる我が儘だ。地球でさえ、自分を中心に回っているとさえ思っているのだろう。
「藤子さんや、今時まで何処に居ったんだい?」
 アキが箸を止めてそう藤子に問うと、藤子はあからさまに顔を顰めた。
「老い耄れに話す謂れなんてないわよ。さっさと部屋へ下がってちょうだいな。こっちまで線香臭くなっちゃうじゃないの。」
 平然とそう返す藤子に、アキは静かに言った。
「藤子さん、私も会社の権力の三分の一は握ってるんだよ?こんな老い耄れでも、あんたより上だってことを覚えときな。私が一言言えば、あんただってこう好き勝手出来ないからね。」

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ