第四話
V
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一方、藤子はこの様な夕刻に何処へ行ったかと言えば、大口の取引先へと顔を出していた。
「今晩は。」
そう言って藤子が入って行くと、そこには一人の男性がいた。
「お藤さん。」
男性は笑みを見せて立ち上がると、藤子の元へと歩み寄った。
「今日も来てくれたのかい?」
「本当は毎日だって来たいわ。」
そう言うや、藤子は男性の唇に自分の唇を重ねた。
「俊夫さん…。」
藤子は男性…俊夫の耳にそう甘く囁く。
この男性は桜井俊夫と言い、岡澤乾物と言う会社の専務だ。歳は三十六で既婚者だが、二人はそれを承知で逢瀬を重ねていた。
「お藤さん、ご亭主は大丈夫なのかい?」
「あんなのは放っといて良いのよ。夜だって全くだし、娘は娘で役立たずだし…本当、お金がなけりゃ直ぐにでも別れたいわよ。」
「おぉ、怖い。」
そう言うや、俊夫はそのまま藤子を隣の仮眠室へと連れ込んだのだった。
そんなことなぞ露とも知らず、梓は家で夕飯の支度を進めていた。と、そこへ玄関から戸の開く音が聞こえたため、梓は父の帰りと思って玄関へと出た。
「お帰りなさい。」
梓はそう言って両膝をつき、深々と頭を下げた。
「ああ、帰った。」
父の洋介はそう一言言った切り、他には何も言わずに梓を残して自室へと入った。
いつものことだ。昔…前妻である梓の母、花江が生きていた頃は穏和で良く笑う人物だったが、花江を亡くしてから少しずつ感情が薄くなり、今ではもう何を考えているのかすら分からない。藤子がこの様な時刻に出掛けても咎めもせず、ただ淡々と家と店を往復するだけ。それが反って梓には重たかった。
梓は夕飯の支度を済ませると、父と祖母を呼びに行き、二人が来る頃合いにご飯と味噌汁を出した。
三人はただ黙々と食べた。藤子がいないことなぞ今に始まったことではないのだ。
「ごちそうさま。」
洋介はそう言って箸を置き、直ぐに席を立って自室へと下がった。
二人は何を言うこともなく、そのまま食事を続けたが、二人が食べ終わる頃にやっと藤子が帰ってきた。
藤子は挨拶もなく、「早く出して。」と言って席に着いた。これもいつものことだった。勝手気儘…いや、単なる我が儘だ。地球でさえ、自分を中心に回っているとさえ思っているのだろう。
「藤子さんや、今時まで何処に居ったんだい?」
アキが箸を止めてそう藤子に問うと、藤子はあからさまに顔を顰めた。
「老い耄れに話す謂れなんてないわよ。さっさと部屋へ下がってちょうだいな。こっちまで線香臭くなっちゃうじゃないの。」
平然とそう返す藤子に、アキは静かに言った。
「藤子さん、私も会社の権力の三分の一は握ってるんだよ?こんな老い耄れでも、あんたより上だってことを覚えときな。私が一言言えば、あんただってこう好き勝手出来ないからね。」
「
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