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第一章
四条大橋の美女
京の四条大橋においてだ。噂があがっていた。
「そこに真夜中に入るとだ」
「それは美しい女が出て来てだ」
まずはこう話される。
「そしてそこに行けば何処かに連れて行かれる」
「帰って来た者は誰もいない」
「一人もいないのだ」
こんな話になっていた。そしてだ。
夜に四条大橋に入る者はいなくなった。尊皇だの佐幕だのそんな物騒な時代であり京は常に血生臭い騒動が起こっていたがそれでもだ。この橋に夜に入る者はいなくなっていた。
勤皇の者も夜にはそこに寄らない。それでだ。
彼等を取り締まり容赦なく斬っていた新撰組の者達も四条大橋には近寄らなかった。局長である近藤勇もだ。部下達にこう話していた。
「あそこには近寄るな」
「美女が出るからですか」
「それでさらわれるから」
「そうだ。幸いまだ新撰組でさらわれた者はおらぬ」
近藤はまずはそれはよしとした。
「しかしだ。次はわからん」
「だからですね」
「あの橋には近寄らぬこと」
「決してですね」
「左様、近寄るな」
また言う近藤だった。
「わかったな」
「はい、わかりました」
「それでは」
壬生狼達もこうして近寄らなくなった。当然志士達もである。だがその中でだ。それをまことかどうか思う者もいたのである。
長州藩の中でとりわけ過激なことで知られる男高杉晋作である。彼は京にいる時にこの話を聞いてだ。そのうえで興味を持ってこう言ったのである。
「よし、それならだ」
「高杉君、まさかと思うが」
「君は」
「そうだ、僕がその四条大橋に行ってみよう」
彼は料亭での会合の時にこう言ったのである。
「そしてその女が何処に連れて行ってくれるのか確かめてくる」
「馬鹿を言え」
「そんなことをして何になる」
同志達はすぐにそれを止めた。そのうえで高杉の痩せた白い顔を見る。彼のその口から時折出て来る咳が不吉なものを感じさせる。
「本当に何処に連れて行かれるのかわからないのだぞ」
「それでもいいのか」
「構わんさ」
高杉は同志達の制止に笑って返した。
「僕はどちらにしろ長くは生きられんさ」
「だからか」
「それでだというのか」
「そうさ。死ぬのは一度。僕みたいな人間の行く場所は」
ここからはだ。自嘲めいた声になった。
「地獄に決まっている。地獄より悪い場所があるというのかね」
「だからか」
「だから行くのか」
「そうだ、僕は行く」
また言う高杉だった。
「何、帰って来ないなら来ないでどうとでもなる」
やはり動じていない高杉だった。
「桂君がいるしな。それに」
「それに?」
「他に誰がいるというんだい?」
「伊藤君がいる」
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