第十九話。奈落の底で……
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く消えるところだったよ」
「忘却は永遠の安らぎとも言います。本当はそのまま消えてしまった方が、貴方は気持ちよかったのかもしれませんが……」
『何言ってんだ。君みたいな子を抱き締めた方が気持ちいいに決まってるだろ』
「何言ってるのかな? 君みたいな子を抱き締めた方が気持ちいいに決まっているだろう」
息ぴったり重なってしまった俺とソイツの声。
『真似すんなよ』
お前こそ真似すんな。
そんな俺達の内心を知らない彼女は……。
「あ……」
照れたような反応をした。
そしてもじもじしたような身じろぎをして。
「……恥ずかしい、です……」
そして困ったような嬉しいような呟きをした。
その姿はなんて言うか……。
『う、初々しい』
ああ、初々しいな。
どうしてかは解らないが、俺の感動はかなり大きかった。
まるで普段から、例えばきっつい事を言ってくるドS少女や、優しいんだけど小悪魔過ぎる少女や、明るいんだけど思わせぶりな少女や、潔癖症でクールな少女や、優秀なんだけど人格に問題のある少女や、家事が得意で頼りになるんだけどちょっと腹黒いかもしれない少女しか身の回りにいないかのような気分だ。
あくまで例えだが。
『あー、なんだか俺も似たような気分を感じたな……』
それと……。
『ツンツンしているけど気楽に話が出来る少女、がいたような気がしたんだろ?』
ああ。誰かは思い出せないけどな。
目の前にいるこの子のがそうじゃなかったか? なんて思ったが……。
『タイプ違うしな……』
そう。目の前の和服の少女は清楚で可憐、控えめで大人しいタイプの子だ。
タイプが間逆なんだ。
なのに、どうしてこの子がその女の子だと思ってしまったんだろう?
解らない。記憶を取り戻せば解るのかな?
「しかし、どうしたもんかね、これは」
真っ黒な空間に対処出来ないでいる。
和服の少女の温もりを頼りにして自我を保っていられるのにも限度があるだろう。
むしろ意識がはっきりしたせいで、時間の感覚を失っていた事に気づいてしまった。
つまり、ここに来てどれくらい経過したのかが解らないんだ。
或いは、とっくに何日も過ぎているかもしれないけど正確な日時も解らない。
さっきまでの。意識が曖昧でいた時間でもっと何かが出来たかもしれないのに。
「くそっ……」
自分の事さえ思い出せれば、なんとかなるなんて思っていたが、自分が誰かを思い出すのがこんなに難しいなんて思いもしなかった。
『今後は、記憶喪失物の物語を読んだら、どれだけ記憶を取り戻すのが大変なのか、共感して読む事が出来るな』
ああ、全くその通りだな。
「ごめんよ。君を助けるつもりが、助けられた」
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