第三話
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よ。ここからだったら一駅だし、運動がてら歩いて帰るよ。」
「そうか…。それじゃ、またな。」
「ああ。気を付けて行けよ。」
そう言って角谷は安原を見送った。
だが、心の中では安堵の溜め息を洩らしていた。何故なら、ここなら自分を知る者がいないからだ。
実を言えば、角谷は安原の好意をあまり快く思っていなかった。確かに有り難いとは感じてはいるが、今はまだ放っておいてほしいと思っているのが本音なのだ。
「あれから…一年か…。」
彼はまた小さく呟く。だが、それは音楽の波に埋没し、誰の耳にも届かない。
彼は彼で考えてはいるのだが、どうしても心の片隅に引っ掛かるものがあるのだ。
「あいつらさえ居なかったら…。」
また、呟く。
過去の幻影…それは自らの影に隠れて色濃く痕を遺す。そしていつしか、それが躰へと纏わりつき、次第に心を蝕んで行くのだ。
少しすると音楽が終わり、拍手が響き渡る。そして拍手が止むと、釘宮が口を開いた。
「申し訳ありません。ラストオーダーの時間になりましたので、少し休憩を挟みます。ニ十分の間に御注文のある方はお願い致します。」
そう言うや、あちこちからオーダーの声が上がった。
角谷もメニューを広げ、近くを回るウェイターへと声を掛けた。
「すいませんが宜しいですか?」
「はい、お決まりですか?」
そう言ったのは鈴野夜で、角谷は些か面食らった。釘宮は口調から店の店長、ないしオーナーだと推測出来たが、まさか鈴野夜がウェイターだったとは思っていなかったのだ。その上バイトだと知れば、きっと何故ここにいるのかと首を傾げるに違いないが…。
「あ…珈琲とラザニアをお願いします。」
「畏まりました。以上で宜しいですか?」
鈴野夜がそう確認すると、角谷は折角だからと追加した。
「それじゃ…食後にフルーツタルトを。」
「はい、畏まりました。では、少々お待ち下さい。」
鈴野夜は手慣れた様に注文を取り、軽く頭を下げて次のテーブルへと注文を取りに行った。だが…鈴野夜はもう一度その席に座る男を振り返り、無性に嫌な予感を覚えた。
本来なら、そこに予約を入れる筈はない。たとえ西原兄弟でも、こんな席を予約席にするとは考えなかった筈だ。それが手違いで予約席へ客を入れてしまい、ここが代わりに予約席になってしまったのだ…。
鈴野夜は「何かある…。」と思いはしたが、一旦男のことは忘れて仕事へと集中したのだった。
一方、男…角谷は何をするともなく、ただ漠然と周囲の喧騒を聞いていた。残った僅かな珈琲を啜り、再び心の奥の“それ"について考えを巡らせていた。
― 結局は…金なのか? ―
否。そんなことはない。
金だけが全てではないと、妻…夏奈子は教えてくれた。死の時でさえ、妻は苦しみの中で自分を心配してくれ
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