第三話
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ぎ出され、それが店内を満たした。
「…あの縁田氏の演奏をこんな場所で拝聴出来るとはな…。」
「角谷、お前知ってるのか?」
安原は些か驚いた風に返し、それに角谷は苦笑しつつ答えた。
「知ってるも何も…夏奈子の恩師だよ。」
「は?」
安原は驚いてそう声を出すや、周囲から「静かに!」と言わんばかりの視線を受け、多少顔を赤らめて口に手をあてた。
角谷はそんな安原を見て可笑しそうに顔を歪めたので、安原は多少心が楽になった。
暫くは珈琲を飲みながら、二人は音楽へと耳を傾けていた。だが、角谷はその中で亡き妻と息子のことを考えていた。
― 今、二人が生きていてくれたなら…。 ―
そう思わずにはいられなかった。当たり前と言えばそうだが、人はそれを引き摺って生きるにはあまりにも脆弱な生き物であり、彼もまた然り…。
「続きまして同じく大バッハの音楽を。今度はオルガン用のトリオ・ソナタですが、それをフルート、ヴァイオリン、ガンバとチェンバロによる編曲で聴いて頂きましょう。」
角谷がふと気付けば、釘宮がそう言ってステージに二人の人物を招いているところだった。
そこに背の高い二人…鈴野夜とメフィストが加わった。女性の視線は二人に釘付け…と言った風で、男性陣は少々ムッとしている様子だ。
しかし、そこから一度音楽が始まるや、それらの感情を軽く吹き飛ばした。
曲はバッハのトリオ・ソナタ 変ホ長調 BWV.525で、愛らしいほのぼのした音楽だ。先のフルート・ソナタ ロ短調 BWV.1030とは対照的と言えた。
飛び跳ねるように各楽器の奏でる主題が生き生きと交差し、まるで子供たちが遊び回っている様な音楽だった。
― 謙一が生きてたなら…。 ―
考えたくはない。たが…どうしても考えてしうのだ。
あの時こうしていれば…あの時ああしていたら…。
どんな人間にもあることだ。人間に過去の後悔は付き物だが、それを乗り越えて生きなくてはならない。
過ぎ去った日々は、もう戻ることはないのだから…。
「…二人に聴かせたかったな…。」
小さく呟いた角谷の声を、安原は聞き逃がさなかった。だが、彼は聞こえない振りをした。今はこの音楽に委せるしかないのだと…そう思ったのだ。
暫くは音楽に身を委せていたが、ふと安原の携帯が震えた。
「あ、悪い。」
安原はそう言って携帯を取り出し、周囲に気を使いつつそれに出た。
「もしもし…冴島君か。え?あの書類をか?…うん…分かった。直ぐに行くから…ああ、心配するな。それじゃ。」
そう言って会話を終えるや、安原は済まなさそうに角谷を見た。すると、角谷は苦笑しつつ「行けよ。お前、部長なんだから。」と言い、安原に会社へ戻る様に促した。
「悪いな。終わる頃に迎えに来るからさ。」
「いい
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