一話:別れと出会い
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固かった。まるで燃え尽きる直前の蝋燭が一瞬だけ燃え上がるように最後の最後に正気に戻ったのだ。そして妻は、最愛の娘と夫を忘れたまま死にたくないと懇願した。男を愛した自分のまま死なせて欲しいと……そう言ったのだ。
男は涙ながらにその言葉を承諾し、最愛の妻を―――刺し殺した。血塗れの妻の死体を抱きしめながら男は泣き叫んだ。そして、考えた。どうして、自分には当たり前の幸せさえ許されないのだろうかと。考えに考え抜いた先に男はある結論に達した。
――偽物の世界に、幸せなんて許されるはずもない――
そう結論付けた男は、本物になることを望んだ。そして、幸運なことに男にはその術が直ぐ手元にあった。それは、他ならぬ妻が身を削って産んでくれた一人娘の力だ。それさえ、利用すれば彼は本物の自分となり変わり、また生まれ変わることが出来る。全てを取り戻して幸せになることが出来る。それを理解した男はかつて皆殺しにした仲間や父のように娘を利用することにした。
男はその時、間違いに気づくことが出来なかった。いや、気づいていても、もはや引き返すことなど出来なかった。自分がどれだけ愚かな行動をしているかを、自分自身が妻への愛を、娘への愛を、妻が自分を愛してくれたという事実を否定しているという間違いに彼は気づくことをその時はしなかった。
その結果が今の状況だと、男は自分を見つめながら涙を流す愛娘の頬を撫でながら自嘲気味に笑う。結局、自分はまた間違いを起こして娘を偽物扱いして悲しませただけではないかと。自分のことながら余りの愚かさに呆れてものも言えない。そこで、ふと男は思いたつ。……間違いを犯さないようにするにはどうすればいいのだろうかと。死にゆく身で考えるのも馬鹿馬鹿しいことだが何故だか考えたくなった。
だが、考えることもなく答えは簡単に出て来た。間違いという物は偶発的に起きるものではない。必ずそこには理由がある。そして、己が間違いを犯した全ての原因を男は思い出したのだ。遠い日の少女との約束と共に。
――ホントのホントの約束だよ。エルとルドガーは、一緒にカナンの地にいきます――
自分の間違いの原因は全て―――約束を破ってしまったからなのだ。それを悟った男、ヴィクトルは薄れゆく意識の中あることを願う。もし、こんな碌でもない自分にもう一度だけ約束をする機会が与えられるのであれば今度こそは、その約束を必ず守り抜こうと。
そう最後の最後に決め―――彼はこの世界と共に消滅する。
「パパァーーーーッ!」
泣き叫ぶ娘を一人残して。
暖かい。何故か彼はそんなことを感じた。彼は間違いなく自分は死んだのだと確信していた。それにも関わらず感触を感じた。いや、
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