つぐない
とある剣士、――する
[1/12]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
2023年、某日深夜。
「……ふぁ〜あ。退屈で仕方ねぇや」
安普請なベッドの軋む音を聞きながら仰向けに寝転がった男は、欠伸と共に現状に対しての不満を漏らした。
浮遊城アインクラッド第17層。主街区《ラムダ》からほどよく離れた圏外村《ラト》に存在する宿屋の一室に身を潜めてから、今日でちょうど一週間が経とうとしていた。
その間、宿の一室に籠りっきりなのである。元々狩りに精を出すようなタイプではないのだが、こうも何もしない日々が続くと退屈のひとつも覚えるというものだ。
「……ま、仕方ねぇか、オレンジのままじゃな」
誰ともなしに男は呟いた。
その言葉通り、彼の頭上に表示されているカーソルの色は───オレンジ。
デスゲームと化した現在のSAOにおいて、殺人行為に手を染めた者の証だった。
こうして退屈に苛まれながらも圏外村の宿に留まり続けているのも、犯罪者プレイヤーであるが為に主街区に出入りできないという理由からだった。
今から数ヶ月前。
当時はまだ堂々と主街区に滞在していた彼は、しかし何をするでもなく、変わり映えのしない日々に飽き飽きしていた。
今更説明するまでもないことなのだが、このゲームに囚われているプレイヤーのほとんどは、「ゲームの中に入ってみたい」という願望を少なからず持ち合わせていたゲーマー達である。
男もそんなゲーマーの例に漏れず、苦労して購入したSAOの世界に初めて降り立った時は、人並みに感動を覚えたものだった。
まさかその憧れの世界が、その日のうちにこんなデスゲームと化してしまうとは思ってもいなかったが、元より望んでやまなかったゲームの世界に閉じ込められるのなら本望だとすら思っていた。
むしろ周りで狼狽えているプレイヤー達の姿こそ、男にとっては滑稽以外のなにものでもなかった。
───何ギャーギャー騒いでんだよ、ウゼェな。本物のゲームの世界だぜ? 何が不満なんだよ。あんなクソみたいな現実世界よりよっぽどイイじゃねぇか。
毎日毎日重たい身体を引きずりながら出社し、朝早くから夜遅くまで、やりたくもない仕事に明け暮れる日々。
上司には嫌味を言われ、要領のいい同僚からは見下した目を向けられ、やっとの思いで家に帰っては、数時間後にはまた望んでもいない朝が来る。
そんな現実世界での生活になど、男は何の未練はなかった。
自殺する勇気も気力も湧かないというだけで、明日人類が滅ぶと言われても、自分は何も感じないだろう。むしろこんな世界は滅べばいいとすら思っていた。
男にとっての至福の時間は、唯一つ。ゲームの世界に没頭している間だけだった。
だからこそ。
ここから出せと騒ぐプレイヤー達を胸中で嘲りながら、男は密かに考える。
ここはゲームの世界だ。あれほど行きたいと願ってやまなかった理想の世界だ。
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ