流転する生命
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男は運が悪かった。いや、巡り合わせが悪かったというべきか。男はそこで見てはならぬものを見た。知る必要のない余計なものを。 己が所属する組織の真の目的に、その正体に一端とは言え触れてしまったのだ。
そして、それに男は耐えられずに恐怖し怯え、逃げることを選択してしまった。それが組織への裏切りになると知りながら、生物の本能的な恐怖に男は抗うことが出来なかったのだ。結果、男『卜部 広一郎』は、裏切者として追われることになった。雨という天候に助けられ、さらに手練手管を駆使して、どうにか追手を撒き、愛する家族がいる自宅へと逃げ帰った。
だが、卜部を迎えたのは望んだ暖かい妻子の姿ではなく、物言わぬ伴侶の骸であった。
分かっていたはずであった。覚悟していたはずであった。己が真っ当でない組織に所属し、多くの悪事に手を染めてきた以上、恨みを買うことも、復讐の対象となることも理解していたはずであった。裏切れば、家族どころか一族郎党諸共に消されてもおかしくない組織であると理解していたはずであった。
だというのに、卜部は絶望していた。目の前にある現実を認められなかった。心臓を一突きにされたであろう胸の中心辺りに風穴が開いた妻の死体を前に動けずにいた。降りしきる雨が洗い流したのか、その顔に汚れはなく、決死の表情のまま固まっている。
「あ、ああーーー!お、俺は、俺は!……!」
滂沱の如く流れ落ちる涙を拭いもせず、卜部は妻の骸を抱き上げる。そして、その冷たさと死後硬直がが始まった肉体の硬さが、妻が間違いなく死んだのだと否応なく卜部に理解させる。愛した伴侶はもう笑うことはないのだと、その柔らかな肌は失われ、ただの肉塊になったのだと。どこまでも非常な現実が、どうしようもなく卜部の絶望を深くする。
だからだろうか。気づけば卜部は愛用のリボルバー拳銃を自身のこめかみに当てていた。ああ、自分は死にたいのだなと卜部は理解し、それもいいかもしれないとすら思う。
(情けねえな。今まで、散々殺してきたじゃねえか。老若男女関係なく、必要とあらば殺す事も厭わないヤバイ組織だって。そして、邪魔者・裏切者には容赦しないのファントムだって、分かっていたはずだ。なのに、あろうことか俺は組織の真実を知って、土壇場になって逃げ出した。結局、俺は雷鋼の爺さんの言うとおり、何の覚悟も出来ていない半端者だったてことか……。)
半端者が先人の貴重な忠告を無視し粋がった結果がこれだ。何の罪もない妻子を巻き込んだ挙句自殺とは、何と救いのない終わりだろうか。ある意味、無理心中より性質が悪い。
だが、今の卜部には黄泉への誘いはどこまでも魅力的だった。ファントムの追手との戦いで限界まで肉体を消耗し、かつ組織の最奥を垣間見たことで精神も極限まで磨り減っており、心身ともに限界であ
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