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至誠一貫
第一部
第六章 〜交州牧篇〜
六十六 〜冀州にて〜
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差し上げましょうぞ。ですが、皆の願いは、どうかお聞き届け下さりませ」
 さて、どうするべきか。
 その気持ちは汲んでやりたいところだが、それは即ち、麗羽の冀州経営にも少なからぬ影響を与えてしまう事になる。
 それに、鍛えられた軍と違い、庶人の歩みでは交州は遠過ぎよう。
「ご老人。志は有難い……だが、聞き届ける訳にはいかぬ」
「足手まとい、という事ですかな?」
「それは否定すまい。だが、お主らがそれを望むのは、私への敬慕だけではなかろう?」
 私の指摘に、老爺の顔から、笑みが消えた。
「……無理もなかろう。勃海郡を治める事にしくじりを見せた袁紹殿が、今度は州牧としてお主達の上に立つのだからな」
「……やはり、お見通しでしたかな。ですが」
「わかっておる。お主らとて、熟慮の末に出した結論なのであろう?」
 頷く老人。
「麗羽、聞いたな?」
「……はい、お師様」
 私は、老人を見据えて、
「ご老人。袁紹殿、いや麗羽に対する、民草の不信感や不安、わからぬではない。だがな、麗羽は以前とは違うのだ」
「と、申されますと?」
 麗羽に、眼で促す。
「わたくしから申しますわ。……確かに、勃海郡でのわたくしは、庶人の皆さんから信頼を得るどころか、恨まれても仕方のない治政しか出来ませんでしたわ」
「如何にも。ご無礼は承知の上で申し上げますが、同じ冀州の民として、勃海郡に住み暮らす者達には、同情を禁じ得ませんでしたからな」
「……わかっておりますわ。あの頃のわたくしは、何もわかっていませんでしたわ。それどころか、お師様にも大変な失礼を……」
「それも、我らには風聞として伝わっていましてな。今でも、魏郡の者は、袁紹様に絶大な不信感を抱いております」
「……自業自得、ですわね」
「土方様。確かに袁紹様は、ご自身の過ちに向き合おうとなされておいでのようです。ですが、言葉にするのは容易く、行動で示すのは難しい事。それでも、袁紹様を信じよと仰せになりますかな?」
 ……やはり、麗羽の悪印象を払拭するには、かなりの難題、か。
「ご老人。人が変わるとは一朝一夕にはいかぬもの。それは、齢を重ねたご老人には、良くおわかりの筈だ」
「勿論ですな。ただ、私一人が信じたとて、若い者達は収まりますまい」
 老爺は、決して無理難題を申している訳ではない。
 これが少なからず民草の想いであるならば、受け止めねばなるまい。
 受け止めた上で、為政者として、正しい道を示す必要がある。
「ご老人。ともかく、我らはギョウへ参らねばならん。後日、この事は責任を持って答えよう。暫し、時をくれぬか?」
「……そうですな。即答をいただくには、ちと難しき話。土方様、皆にもそのように伝えておきますぞ」
「うむ」


 村を後に、再びギョウへと歩みを進める。

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