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春なわすれそ
3部分:第三章

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第三章

「どなたでしょうか」
「私ですか」
「はじめて御会いします。しかし」
 それでもだ。その紫の礼服を見てだった。雅娘は言った。
「貴い方ですね」
「私がですか」
「はい、かなり高貴な方だとお見受けしますが」
「そうですね。私は」
 若者は今の雅娘の言葉にだ。微笑んでだ。
 そうしてだ。こう言ってきたのだった。
「人から見ればそうかも知れません」
「人から見れば?」
「そうです。人から見れば」
 そうなるとだ。若者は雅娘に話していくのだった。
「そうなるでしょう。しかしです」
「しかし?」
「どうということはないのです」
 こう言うのだった。
「別にそれは」
「どうということはないとは」
「私は今こうして普通にいるだけなのですから」
「こうして?」
「はい、この季節になるとです」
 即ちだ。春になるとだというのだ。
「こうしてここにいるだけなのですから」
「では貴方は」
 若者の言葉を聞いてだ。雅娘は。
 考える顔になりだ。若者にあらためて尋ねた。
「人ではないのですか」
「そうなります」
「それでは」
 雅娘はここで周りを見回した。田植えも子供達の遊びも続けられ花が咲いており蝶達が舞っている。そして花霞がうららかな日差しの中で漂っている。
 あの耳成山も緑だ。それが青い空の中に浮かんでいる様に見える。
 その春を見回してからだ。彼女はこう若者に言った。
「春ですか」
「季節ですね」
「そうです。貴方は春ですね」
 人ではないのならだ。それではないかというのだ。
「そうですね」
「はい」
 若者は雅娘の前に立ったまま微笑んでだ。
 そのうえでだ。頷いてみせてきたのだった。
「そうです」
「春ですか」
「四季それぞれに司る神がいまして」
「貴方は春の神」
「こうして春をもたらす神なのです」
 若者はだ。そうした神だとだ。己について話した。
「そうなのです」
「そうですね。やはり」
「春はどうでしょうか」
 若者は微笑みだ。雅娘に問うてきた。今度は彼からだった。
「この季節は」
「待っていました」
 これが雅娘の返答だった。
「ずっと。待っていました」
「そうですか。それは何よりです」
「ですがやがては去られますね」
 しかしすぐにだった。寂しい顔になりだ。
 その顔でだ。若者に対してこう告げた。
「そうですね」
「そうですね。四季は移ろうものですから」
「ではやはり」
「しかしそれは永遠の別れではありません」
 それは違うとだ。若者はこのことも雅娘に話したのだった。

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