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春なわすれそ
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第一章

                         春なわすれそ
 春になった。春の大和は。
 様々な花達が咲き乱れ蝶達も舞う。その中で。
 雅娘は。お付の女達と共に今は耳成山の麓にいた。
 平坦な場所に緑のあまり高くはない山がある。そこから香具山も見える。その耳成山や香具山を見てだ。
 雅娘はだ。女達に問うた。
「どうして耳成山も香具山も一つなのでしょう」
「そうですね。何故か平たい場所にぽつりとですね」
「こうしてありますね」
「思えば不思議です」
「変わった山です」
「全くです」
 その通りだとだ。女達も答える。緑の山は確かにいい。しかしだ。
 平地に一つだけあるその山は春なのに寂しい。花霞の中でも。
 それでだ。彼女達も言うのだった。
「おかしな山ですね」
「どうしてこうした山があるのか」
「大和は山が多いというのに」
「わかりませんね」
「本当におかしな山です」
 雅娘はまた言った。見ればだ。
 彼女の顔は楚々としていて髪は黒くさらりとしている。
 目は大きくはっきりとしていて星が瞬く様だ。口は大きく紅がはっきりしていて白い歯が零れ出る様だ、
 白い顔だが頬は紅く染まっている。小さな身体を唐風の軽やかな淡い赤とはっきりした赤の服で包んでいる。その彼女がだ。
 耳成山を見上げてだ。また言うのだった。
「この山だけ」
「そういえば皇子も仰っていましたね」
「中大兄の皇子様も」
 女達はこの人物の名をここで出した。
「この山には何かあるのではないかと」
「そう仰っていました」
「何かですか」
 雅娘は彼女達の話を聞いてだ。
 山を見上げたままだ。こう言うのだった。
「この山には」
「あと香具山にもです」
「それに畝傍山にも」
 その三つの山全てにだというのだ。大和に一つ一つぽつんとある山達に。
「だから一つであるのではないか」
「そう仰っていました」
「何かあるとなると」
 話を聞いてだ。雅娘は。
 やはり山を見上げたままでだ。女達に尋ねた。
「一人身の寂しさに耐えなければならない何かがあるのでしょうか」
「山は女ですね」
「その女が一人でいなければならない」
「それは何故か」
「皇子はそう考えられたのでしょうか」
「皇子の御考えはわかりませんが」
 彼女も中大兄皇子のことは知っている。蘇我氏を倒す飛鳥において政にあたられている。今や朝廷で第一の方であられるのだ。
 その方の御考えとなるとだ。自分ではわからないと言う。しかしだ。
 やはり耳成山を見てだ。彼女は言った。
「この山を見ていると」
「どうなのでしょうか」
「それでは」
「不思議な気持ちになります」
 こう言ったのだ。
「どうしても」
「不思議な気持ちにですか」

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