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メフィストの杖〜願叶師・鈴野夜雄弥
第一話
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「ここは…。」
 彼は心地よい眠りから目覚めて辺りを見回すと、そこは明るい春の日差し射す墓地だった。
 彼が不思議そうに見渡していると、その後ろから不意に声を掛けられた。
「おいで。」
 彼が振り返ると、そこには赤毛の男…メフィストが立っていた。
 メフィストは彼を連れ、とある墓石の前へと導いた。彼はその墓石に刻まれた名を見、その場へと膝をついた。
 そこには隣り合うように小さな墓が二つあった。姓が同じであるため、夫婦であったと思われる。
 そこに刻まれた名は…

"ヨーハン・ゲオルク・ツィーグラー"
"リーゼ・ツィーグラー"

 この二人の名に、彼は見覚えがあった。他でもない、彼の親友とその妻の名であった。
 没年を見ると、そこから三十年以上も前に亡くなったことが分かる。互いに長生きをしたようだった。
「メフィスト…なぜ私にこれを見せた…。」
 彼は墓を見詰めながら問った。メフィストはその問いに、軽く目を閉じて返した。
「お前は私と共にある限り、親しき者、愛する者と同じ時間を過ごすことは出来ない。」
「契約を破棄したいと言うのか?」
「いや…ただ、本当にこれで良かったのか…?」
「くどいよ、メフィスト。私は私の意思で決めたのだ。」
 彼は少し怒った様にそう言うと、スッと立ち上がった。
 そんな彼に、メフィストは俯いて言った。
「済まない…。」
「何を謝ってるんだ?お前らしくもない。」
「そう…だな。」
 そうして二人は小さな墓へと黙祷を捧げ、そしてそこから離れた。
 リーゼ…それは彼が愛した女性。親友の妻を愛した彼は、自分自身を許すことが出来なかった。
「どうか…安らかに…。」
 立ち去り様、彼は一言だけ呟いた。それは亡き者に対してなのか、それとも自身に対してなのかをメフィストは区別出来なかった。
 暫く歩いた時、不意に彼は笑顔でメフィストへと言った。
「メフィスト、海の向こうに行こう。」
「それも良いだろう。」
 彼の案に、メフィストも笑みを見せて返した。
 しかし、メフィストは彼の笑顔の裏に、その優しさ故の苦悩があることを痛いほど知っていた。故に、この大陸から離れた方が良いとも考えていたのだ。
「では、行こう。ロレ…。」
「ああ…。」
 二人は暖かな春の日射しの中、静かにその先へと歩んで行った。



      第一話 完



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