明日への翼
02 BEYOND THE RAIN
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。
交差点で立ち止まった。
信号待ちだ。
雨に煙るビル街が遠くに見えた。
雨音。
都会の喧騒。
店先からこぼれるBGM。
自動車のタイヤが濡れた路面を喰む。エンジンの音、クラクションと排気音。
靴音。
人の話し声。
もっとも、声だとわかるだけでよく聞き取れない。
耳を傾ける気にもなれないけれど。
でも、
雨音の向こうからの声。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
鈴を転がすような声だけは仙太郎の耳に届いた。
振り返ると、五、六歳ぐらいの女の子が真紅の傘をさして立っていた。蒼と白の可愛らしいワンピース。白い長靴。艶やかな漆黒の髪を細く赤いリボンでツインテールにまとめていた。
「やっと気がついた。何度呼んでも振り向かないんだもの」
「ごめん」
愛想笑いで答えてやると、少女は黒曜石のような瞳でこちらを見ていた。
「おにいちゃん、川西仙太郎さんでしょ?」
「そうだけど……お譲ちゃんは?」
面識はない。はじめてみる顔だ。けれど、なぜか何処かで見たような気がした。
なぜ自分の名前を知っているのだろう。
問いには答えず、少女は片手を口元にあてて可笑しそうにクスクス笑っていた。
笑われたことよりも、変な娘だなって印象が強かった。
「仙太郎おにいちゃん、もし──どんなことでも一つだけ願いが叶うとしたら、なにをお願いする?」
首をかしげたしぐさが飛び切り可愛い。
「え?」
どきん、と胸が高鳴った。
頭の隅に一人の少女の面影が奔る。
「大事なことだよ、考えておいてね」
少女は駆けていく。
白い長靴が水飛沫を蹴って。
雨の向こうに腰まである長い亜麻色のポニーテールの人影を見たような気がして、仙太郎は思わず眼をこすった。
もう一度眼をむけた時には、少女の姿も、見えたと思った影もみあたらなかった。
……錯覚だったのかな。
家路の途中で本屋さんに寄った。
中学からなじみの本屋だがもっぱら買うのは漫画と伝奇小説ばかりだ。
「あ──菊池秀行(しゅうこう)さんの新刊」
好きな作家の物なので迷わずレジに持っていった。
住宅街の中にある庭付きの一戸建て。
「ただいま」
家の玄関を開けて挨拶をすが答えるものはなかった。
両親は不在なのだ。
二泊三日の夫婦だけの旅行。一人息子を残して心配ではないのだろうか。
『ちょっと待てよっ、俺はどうなるんだよ』
『なに言ってるのよ高校生にもなって』
にこやかに、母親。
来年にはお兄ちゃんかもね。
あまりにもオープンな親である。
食事の用意も朝も一人で起きなくてはならない。
自分でご飯を炊いておかずはコンビニで買ってきた。
お風呂を沸かして入った。
「変な子だったな」
雨の街中で
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