第二百二話 関東入りその五
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「影ではなくです」
「闇じゃな」
「そこにいて急に出て来た様な」
そうしたものだというのだ、天海は。
「百二十年も生きてきたというのにそれです」
「考えてみれば奇怪じゃな」
「調べようにも足跡も尻尾もない」
「そうした感じじゃな」
「ですからあの御仁のことは我等にもわかりませぬ」
風魔ですら、というのだ。
「怪しきことこの上ありませぬ」
「ううむ、まことに何者じゃ」
「どうもです」
ここでまた言った幻庵だった。
「この天下には表と裏があり」
「その裏じゃな」
「裏といっても様々で」
そして、というのだ。
「その中に得体の知れぬ闇があります」
「闇か」
「はい、闇がです」
それがあるというのだ。
「どうやら」
「そしてその闇にか」
「何かがいるやも知れませぬ」
こう氏康に語るのだった。
「そうも思えまするが」
「裏の中の闇か」
「左様です」
「まことにあれば」
その闇が、というのだ。
「厄介じゃな」
「はい、まつろわぬ」
「まつろわぬか」
「古事記や日本書紀にありますが」
「あの者達は滅んでおるな」
「そうです、しかしあの様な者達がいれば」
それはどうかというのだ。
「この天下を脅かすやも知れませぬな」
「おるのか、そうした者達は」
「既に滅んでおります」
幻庵は氏康に答えた。
「朝廷により滅ぼされ」
「そうじゃな、間違いなく」
「一人もおらぬ筈です」
「鬼も土蜘蛛もな」
「全て滅んでおります」
この者達、言うならば朝廷に従わず天下を脅かす者達もというのだ。
「ですから」
「それはないな」
「そう思いまする」
「そういうことじゃな」
「はい、幾ら何でも」
「ではあの天海達は何じゃ」
その怪しき者達はというのだ。
「全くわからんな」
「左様ですな」
「また見付かればよいが」
「そしてその正体がわかれば」
「よいがのう」
こうしたことを話したのだった、氏康は幻庵達との話の中で一つのことを既に決めていた。それは他ならぬ家のことだった。
その家のことを決めてだ、氏康は信長を迎え撃つのだった。中山道から来る彼等を。
信長は武田、上杉を破った大軍を相模に向けていた。二十万を超える大軍は信濃から甲斐に入ってそうしてだった。その中で。
先に関東に出していた飛騨者達から北条の状況を聞いていた、その彼等はというと。
「そうか、小田原を中心としてか」
「ああ、関東全体の支城にな」
「それぞれ兵を置いて守ってるぜ」
「互いに連携して守り合ってな」
「まるで網の様だぜ」
「そうか、網か」
網と聞いてだ、信長はまずはこう言った。
「網で関東を守るつもりか」
「その様だよ」
萌も言う、飛騨者達の中にいる少女だ。
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