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子供
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第一章

                     子供
 草薙為由は苦い顔をしていた。彼がこれまで浮かべたこともないような苦い顔であった。その顔で我が子である為雅と正対して自分の家の畳の部屋で座布団の上に正座している。
「何故だ」
「何故って?」
「何故御前は左利きなのだ?」
 右手で我が子を指差して問う。
「顔はわしにそっくりだな」
「そうだね」
 見れば口髭があるかないかの差だけで二人の顔は全く同じだ。額が広くえらがありそのうえ目は大きい。結構目立つ顔をしている。為雅にはヒゲがないだけだ。
「実にそっくりだね」
「では聞こう」
 ここまで話したうえでまた我が子に告げた。
「わしは何だ?」
「プロ野球チームのコーチだったね」
「そうだ」
 それが為由の職業だ。
「一軍バッテリーコーチだ」
「名キャッチャーって言われてたぜ」
 為雅が父に言った。
「俺が小学生の頃からな」
「キャッチャーは何だ」
「グラウンドの司令官だろ?」
 近代野球においてよく言われることである。このポジションを決定させたのはヤクルトの古田敦也である。彼は野球を変えたキャッチャーなのだ。
「それもう何度も聞いたぜ」
「当たり前だ。キャッチャーとはそういうものだ」
「キャッチャーはそうだよな」
 為雅もそれはわかっていることであった。
「だからさ。わかってるんだよ」
「ではわしが言いたいことはわかっているな」
「利き腕のことだろ?」
「そうだ。キャッチャーは右利きだ」
 これはほぼ絶対のことにもなっている。セカンド、ショート、サードも基本的にはそうであるがキャッチャーはとりわけ右利きでなければならないとされているのだ。
「だからわしはキャッチャーになったのだ」
「だからそれ何度も聞いたぜ」
「親の話は聞け」
 厳しい顔で我が子にまた告げた。
「しかしだ。何故貴様は左利きなのだ」
「俺が聞きたいよ」
 憮然とした顔で父に返す為雅だった。
「何で俺は左利きなんだよ。親父そっくりなのによ」
「御前本当にわしの子か!?」
 今度は憮然とした顔になって我が子に問うた。
「実際のところ。どうなのだ?」
「俺にわかるわけないだろ」
 為雅もまた憮然とした顔になった。その顔で父に言葉を返したのである。
「親父が作ったのに作られた俺がどうしてわかるんだ?わかるのは作った親父だろ?」
「顔は同じだな」
「嫌なことにな」
 自分のそのよく目立つ顔をあまり好きではないらしい。
「もっとイケメンに生まれたかったんだけれどな」
「顔のことは気にするな」
「親父そっくりの顔だろうが」
「だからだ」
 腕を組んで強引に言い切ってきた。
「わしそっくりの顔はいいのだ」
「俺はかなりよかねえんだけれどな」

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