第三章
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「何で納豆だけはやねん」
「最初からそや」
それこそ、という口調で言う真一郎だった。今もまた。
「納豆がないしや」
「皆食べへんのか」
「誰でも腐ってるって思ってるわ」
とにかくこう言って引かない真一郎だった。
「そやから僕も食べへんのや」
「やれやれやな、けどな」
「納豆は身体にええんやな」
「めっちゃな、それは言っておくで」
「そう聞いてもな、僕はあかんわ」
真一郎の顔は真剣なものだった、かつ深刻である。
「納豆だけは」
「まあそこまで言うんやったら」
里子の方もだった。
「あんたには出さへんわ」
「出しても食べへん」
「それがわかってるからや」
「けど雄太郎は食べるな」
「最初から。出したらな」
「あれが不思議や」
「別に不思議でもないやろ」
里子は自分達の息子が納豆を食べることについて夫に対して何でもないといった口調で返すばかりだった。
「それこそ」
「そやろか」
「そや、別にな」
「関西人で納豆食うなんて」
「最初出して普通に食うたやん」
「里子さんの血かいな」
佐賀生まれ、九州のそれをではないかというのだ。
「それやったら」
「またちゃうやろ」
「そやろか」
「というかほんま関西で納豆は食べへんな」
「昔からな」
「それは変わらへんやろか」
「変わらんやろ」
実に素っ気なくだ、真一郎は里子に返した。
「雄太郎は食べてるけどな」
「他の場所から関西に来てる人もおるし」
「けどここは関西や」
それならばというのだ、納豆の孤島である関西ならばとだ。
「雄太郎は君の九州の血が入ってるから食べてるのかも知れんけど」
「関西自体はかいな」
「定着せんし食わんわ」
とても、というのだ。
「ずっとな」
「何で関西ってそうやねん」
関西ならというんだ、そしてだった。
真一郎は枝豆とビールを楽しみ続けた、里子も何時の間にかそれに入っていた。これが雄太郎が子供の頃の関西だった。
それから三十年経ってだ、雄太郎も結婚して子供が出来てだ。実家を出て仕事の関係で奈良に彼の家族と共に住んでいたがだ。
大阪のその実家に里帰りした時に彼の妻の志織と息子の龍之介、娘の弥生子と共に納豆を御飯にかけていた。その四人を見てだ。
もうすっかり髪の毛が白くなって薄くなった真一郎がだ、やはり歳を取った里子に対してこう言ったのだった。
「なあ」
「納豆のことやな」
「志織さんも龍之介も弥生子もな」
「皆食べてるな」
「志織さんって関西生まれやろ」
こう問うた彼だった。
「確か」
「京都のな」
「それで何でや」
首を傾げさせて言う真一郎だった、見れば彼だけは納豆を食べていない。里子の御飯の上にはそれがあるがだ。
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