第一章
多くは望まない、君がいるなら
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「副長、食べ物だけは我が儘ですよねー……でも駄目ですよ猫の身体に悪いですから」
どの隊士に要求しても答えは同じで、その度に次々とノックダウンしていく。
それを何度か繰り返して食堂に誰もいなくなり途方に暮れていると、不意に目の前に器が置かれた。
鼻腔を擽る嗅ぎ慣れた酸っぱい香り。器こそ丼ではなく猫用だが、これは間違いなく土方スペシャルだ。
見上げるとそこには意外な人物が立っていた。
「アンタ、これが食いたかったんでしょ。他の奴らには内緒ですぜィ。俺もこれからなんで一緒に食いやしょう」
テーブルに自身の昼食が乗った盆を置いて座りながら悪戯っぽく笑う。
(総悟……どういう風の吹き回しだ。毒でも入ってんじゃねーだろうな)
土方はクンクンと匂いを嗅ぐがおかしな点はない。沖田は土方の様子を見ておかしそうに笑った。
「毒なんて入れてませんよ。その状態のアンタを殺しても意味ねーでしょう」
確かにそうだと納得したが胸の奥が少しだけモヤモヤした。
それはつまり今の自分への沖田の興味が普段の自分より下だという事で。それはそれで嫌だと思ってしまう自分はよほど重症で欲張りなんだろうと自嘲する。
「食わねェんで?」
「み……みごっ」
沖田に怪訝そうに覗き込まれてハッと我に返ると誤魔化すように短く鳴いてガツガツと食べ始めた。
そんな土方を見つめる、沖田の愛おしいものを見るように細められた瞳が寂しげな色を宿していたのを土方は知らない。
やがて沖田も昼食を食べ始めた。
たまにおかずにマヨをつけて猫用の器に分けてやると、仕方ないから食ってやると言った態度で土方がそれを食べる。意地っ張りなツンツンした性格は猫になっても変わらなかった。
夕方。土方は沖田の部屋で丸くなっていた。傍には絶賛サボリ中の沖田がいる。
「何でィ土方ァ、デレか。デレなのか土方コノヤロー」
普段の土方なら間違いなく真っ向から否定しただろう。だが今回は敢えて否定しない。否、できない。
(そーだよ悪ィか馬鹿野郎。普段はデレろデレろってうるせぇ癖に)
肯定するために沖田の手をざらついた舌でペロッと舐めてみると、意外にも沖田は大きな瞳を僅かに見開いたかと思えば頭を撫でてきた。
昼に沖田の興味が薄れている事実を突き付けられてから胸の奥のモヤモヤはじわじわと広がって、今は漠然とした不安になってしまった。
(このまま猫でいたら、俺への関心そのものもなくなるんじゃねーか?)
そんな考えが頭に浮かび、土方を蝕む。だがそれも沖田に触れられる度に和らいでいくような気がした。ただの気のせいかもしれないが。
「……土方さん」
不意に沖田が撫でる手はそのままに土方の名前を呼ぶ。
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