始まりの日
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「この子をどうか、よろしくお願いします」
目の前の女性は子供を守るように抱きかかえながら、今にも死にそうな声でそう言った。
隣の運転席に座っている夫であろう人物は全身血まみれで既に亡くなっていた。
辺りは不気味なほど静かで炎が猛々しく燃え辺りを飲み込んでいく中、赤子の声だけが夜空に響いていた。
よく見ると車のフロントガラスが飛び散った破片が女性の体のあちこちに刺さっており、出血量が凄いことになっている。首から先にかけて血がこびりついており、赤児のことが気になってずっと死にきれないのだ。
もうそんなに長くは持たないだろう。
たとえ医術の心得があったとして傷口を塞いだとしても、出血量が多すぎて助かる見込みは少ない。
第一、ここから街まで戻るとしてもその間に息を引き取ってしまうだろう。
この女の命を救うことができるのは医術の神ぐらいのものである。
私はさすらい末路っているものの神である。怪我ぐらいなどでは死んだりしない。
しかし人間は些細なことで死んでしまうのである。
怪我、病気、戦争、毒など挙げれば切りが無いほどである。
それはともかく、目の前女にとっては不幸なことに私は医術の心得を持ち合わせていなかった。
それでも彼女は自分の命などどうでもいいという風に笑いながら、私の目の前にその一歳にも見た無いような赤子をさしだしてきた。
私は人間など今まで気にもとめてこなかった。
まさしく足元にむらがる蟻のごとく脆弱な存在であり、多少は気にしていたものの眼中になど入っても来なかったと言ってさえいい。
気の向くままに暴れ、あらゆるものを壊してきた。
赤子は炎で赤く染まった惨状に怯えていたが、母親にだかれているからだろうか、大泣きはしていなかった。
赤子には今の現状を理解してないだろう。
母親も父親もまた自分の前で笑ってくれる、そう思っているに違いない。女は我が子を案じ私に向かって助けを求めていた。
私は赤子を助けることに決めた。
別に赤子のことをかわいそうだと思ったわけではない。今にも死にそうな女の願いであったからだ。
私には私に群がる有象無象の気持ちなど露ほどにも分からない。
しかし、私は自分の母親のように子を守ろうとした女を美しいと思った。
たったそれだけの理由で私は赤子を助けようと思ってしまった。
私は甘いのだろうか。
「この子はなんとしても守って見せる」
私は赤子を受取りそれだけ女に伝えると女は安堵したような笑みを向けた。
一際大きな音とともにあたりを火が覆い尽くした後私と私の腕に抱かれた赤子だけがその場に残された。
数年後
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