暁 〜小説投稿サイト〜
野原で
5部分:第五章
[1/2]

[8]前話 [1] 最後

第五章

「ただ。今は耐えるのじゃ」
「耐えるのですか」
「そうじゃ。それしかなかろう」
 彼の言葉は達観しそれと共に諦めを含んだものになっていた。
「ただな」
「ただ?」
「何でしょうか、今度は」
「耐えていればいいこともあるじゃろう」
 不意に二人にこんなことを言ってきたのだった。
「耐えればな」
「耐えれば、ですか」
「耐えられればともいうがのう」
 こうも言うのであった。
「それでいいこともあるぞ」
「そうでしょうか」
「今辛いのはわかる」
 飢饉が辛くなくて何が辛いというのか。世の中において最も辛いことは空腹と餓えであるとされている。ならばまさに今がそれであった。
「しかしじゃ。それでも」
「生きていればですか」
「戦の世も終わっておるな」
「はい、それは」
「その通りです」
 これはその通りだ。戦の世なぞ二人は全く知らない。話には聞いているがそれはもう百五十年以上も、それこそ誰も覚えていないような話でしかない。
「飢饉も。終わるものじゃよ」
 信義はこの言葉を繰り返すのだった。
「何時か絶対な」
「はあ」
「では。今は」
「まだ食べるものがあればじゃ」
「それを食べてですか」
「生き続けていけと」
「うむ。それしかない」
 選択肢はないと。こうも言うのであった。
「それしかな」
「そう言われましたらおら達も」
「そうしますだ」
「しかし。まことに人の世はわからんものじゃ」
 ここでは話を変えてきた。
「戦が終わってそれで終わりではないのだからな」
「それはそうですね」
「戦がなくても。まだ辛いことがあります」
「何度も言うがわしの生きておった頃にも飢饉はあったのじゃ」
 このこともまた再び言うのであった。
「それでもここまではなかったからのう。戦がない世の中が一番幸せかというとそうでもないものじゃ。このことは生きておる間は全くわからんかったわ」
「左様ですか」
「しかしじゃ。それがわかった」
 言葉がしみじみとしたものになっていた。
「これでな。ところでじゃ」
「はい?」
「今度は何でしょうか」
「わしをこのまま埋めてくれ」 
 今度はこう言ったのだった。
「土の中にな」
「土の中にですか」
「このまま」
「うむ、そうじゃ」
 彼は静かな声でまた二人に告げた。
「そうしてくれれば成仏するからな。わしもいい加減野原でいるのは厭きたわい」
「そうですね。それでは」
「これでお別れですね」
「達者でな」
 信義の声は今度は温かいものになった。
「ただ。わしの言葉を忘れないでくれよ」
「辛いことは何時か終わるということですか」
「それですか」
「うむ。それでな」
 その声がここでさらに温かいものになった。
「達者でな
[8]前話 [1] 最後


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ