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第一章
野原で
天明の話である。この時日本はかつてない飢饉に襲われていた。
一説には百万死んだとも言われているし実はそれ程死んでいなかったとも言われている。しかし歴史において特筆されるような飢饉であったことは確かだ。
とりわけ東北の被害が深刻で各藩は対策に追われていた。とにかく餓死者を出すことのないように誰もが必死に動いていたのである。
そんな東北のある村でのことだ。この村は海にも近くそこでの魚で何とか飢え死にする者はいなかった。しかしそれでもかなり苦しい暮らしを送っているのは確かだった。
「おとう、今日はこれだけか」
「んだ」
唐兵衛は情けない声で倅の言葉に頷いた。粗末な家に彼と女房のおゆり、それにこの倅の実吉とあとは娘が二人。その五人の家族だけだ。
「これだけだ」
「魚。一人辺り二匹か」
「それでも。食い物はある」
その僅かばかりの魚を見下ろしつつ倅に述べた。今彼等はその家の中で魚を囲んで座っていた。
「それだけましだ」
「向こうの藩じゃえらいことになってるそうだべさ」
女房のおゆりが言った。見れば彼女もかなりやつれ髪もツヤが完全に消えてしまっている。
「もう。食い物もなくて死んだ人もかなり出てるそうだべ」
「おら達はまだまだましだ」
唐兵衛はまた言うのであった。
「食い物が。あるから」
「少しでも食い物があるからか」
「人間何か食えるもんがあったら死ぬことはねえ」
彼は今度は倅に告げた。
「そんでな」
「何かあっだか?」
「今日はこれ食ったら寝ろ」
実吉だけでなく二人のまだ小さな娘にも対しても言った言葉だった。
「いいな。もう動くな」
「働くことないだか?」
「幾ら働いても今は食い物は何も手に入らないだ」
だからだというのだ。それだけ絶望的な状況だということだった。今は。
「だから。寝ておけ」
「そうだか」
「寝てればそれだけ身体も使わないし腹も減らない」
そういうこともあって動くなというのである。
「わかったな。もう動くな」
「わかっただ」
「じゃあうちも」
「そうするだ」
二人の小さな娘達も答える。こうして子供達は魚を食うとそのまま寝てしまった。まだ起きている唐兵衛とおゆりも起きていても何もすることはなかった。
だがそれでも。何もなくなった家の中で暗い中で向かい合って。そうして言い合うのだった。
「今日はこれだけしかなくて」
「明日はどうなるだか?」
「・・・・・・・・・」
おゆりの言葉にも無言で首を横に振るだけだった。
「明日。また魚が獲れればいいだが」
「わからないんだべ?」
「全くわからないだ。米も麦も何もないし」
「そうだべな。何もなくなって」
「とにかく。魚で食い
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