曖昧な心地よさに満たされて
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「おやすみ、二人とも」
「ん、おやすみ」
「おやすみ。よい夢を」
静かに幕が引かれて、後に残ったのは二人だけ。向かい合って椅子に座る彼と彼女であったが、視線が絡むことは無かった。
お茶をまた入れようか、とも思ったが秋斗は辞める。
「……秋斗」
幾重の沈黙の後、今夜から呼び始めた彼の真名がぽつりと小さく消え入るように紡がれる。
やっと合わされた視線は探りを入れる時の彼女のモノ。
「あなたは……あの時どうして泣いていたの?」
何時とは直ぐに分かった。
白馬義従に懇願したあの時、義に従ってくれと願ったあの時、彼が泣いているのを見たのはその時だけ。
思いやりも含まれた質問。黒麒麟に戻って嘘を付いている可能性も考慮しているが、華琳は信じたくなくて自ら確かめようとしていた。
「……アレは俺の涙じゃないよ」
彼の唇から零れる声は力無く、弱々しい。
大きなため息が一つ。額に手を当てて、胸を手で掴んで、彼は俯いた。
もう出て来ないあの感覚は、思い出そうとしてももやが掛かったように曖昧だった。
自己乖離のハザマで自分を呑み込もうとする絶望の記憶。彼をも壊してしまう、自責の渦。
一番怖いのは……彼女をまた泣かせてしまう事だ。
「そういう風には見えなかったけど? あの時の声も、あの時の様子も」
「違うよ……違うんだ。俺が哀しかったわけじゃない。俺が苦しかったわけじゃ……ない」
消え入りそうな声だった。
切り替わりの激しい男ではあるが、こんなに弱っている秋斗を見たのは華琳にとっても初めてのこと。
「友達を救いたくて救いたくて……それでも大嘘をついて切り捨てちまった黒麒麟の……後悔の想いが溢れたんだ」
掠れた声に、震える手。
それでも……と、彼は無理やり両手を外して、真っ直ぐに華琳を見る瞳には強い光が宿っていた。
「でも、やっぱり俺は俺で、黒麒麟は黒麒麟だ」
微笑みは儚げで渇いていた。まだ、秋斗の想いは満たされていない。
「……そう。他人の想いが溢れるという感覚は私には分からないから聞くけれど……どんな感じ?」
自分でも何故か分からないが、華琳は聞いてみたくなった。
もやもやと浮かぶ不快な感情は……不安なのかもしれない。
「上手く説明できないな。だけど黒麒麟は……救いたいとは思ってたけど、死にたいとは思ってなかったんじゃないかな」
どちらともなく短い吐息を吐き出した。
「……何が其処まで追い詰めさせたのかしらね?」
「そればっかりは本人に聞いてくれ」
「いいえ、黒麒麟には聞かないわ」
きつい否定。じとり、と睨みつける視線は鋭く、次の言葉を予想した秋斗は苦笑を一つ。
「あなたが話すのよ秋斗。戻
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