第十四話
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ような気がする。
もう随分と昔、それは俺が物心つく前の話だとどういうわけか思う。
一体それは誰だったか……少なくとも大姉上でないことは確かだ。
大姉上は歌は苦手だからと一度も歌ったところを聞いたことが無い。
ならば姉上? いや、俺と同い年なのだから歌ってもらったとすれば記憶に残るだろう。
いくらなんでも俺が物心つく前に歌えるようになっていたとは考え難い。
はた、と歌が途切れる。俺が起きていたことに気がついたようで、ばつが悪そうな顔をして笑っていた。
「申し訳ありません、起こしてしまいましたか」
「いや……」
心地の良い歌声が途切れて、何となく寂しいような気がした。
もっと聞いていたい、そんな気持ちにさせる。
「……子守唄、だよな」
「ええ……つい癖で、口ずさんでしまうんです。小さい頃、母がよく歌ってくれて」
母、か。幼い頃に病で死んだ父と、その後を追った母のことは実はよく覚えていない。
一体どんな人だったのかと大姉上に聞いた時、酷く悲しそうな顔をされたのでそれ以来一度も聞いていない。
せめて何か一つでも覚えていれば、と子供の頃は随分と寂しい思いもしたが。
そんなことを思うと不意にその寂しさが蘇ってくる。
三十近くにもなって、どうして今更と思うが、きっと熱のせいで心が弱くなっているのだろう。
母親の温もりが欲しい、なんて俺らしくもねぇ。
「……続き、歌ってくれないか」
「え?」
「子守唄……」
くす、と小さく笑われたような気がしたが、すぐにまた、歌が聞こえてきた。
優しい歌声に、心の奥底にしまいこんでいた記憶が蘇る。
そうだ、小さい頃は母がこうやって俺に歌ってくれてたじゃねぇか。
ぐずって眠れねぇと必ず歌ってくれてた……何だ、覚えてるじゃねぇか。
ずっと親の記憶がねぇと寂しかったが、俺にもきちんと思い出があるじゃないか。母との思い出が。
「……ガキの頃」
「え?」
ぽつりと俺が言葉を発すると、夕殿は少しばかり驚いた顔をして歌を止める。
「ぐずって眠れねぇ時、必ず母上がそうやって歌を歌ってくれた……俺が眠るまで、傍らで子守唄を」
それに安心して眠っていたことを思い出した。優しく笑っている、大姉上に似た女性が頭に浮かんで、
その人の笑みが夕殿によく似ていることに気付く。
綺麗な笑みだ、記憶の中にあるその人の笑顔と夕殿の笑顔が重なり合っている。
「笑った顔が……夕殿によく似ていた」
優しくて、温かくて……俺を安心させる笑顔だ。春の陽だまりのような、柔らかい暖かさで俺を包んでくれる。
幼い頃、こんな笑顔を見せてくれる人のところで心穏やかに過ごしてきた記憶が少しずつ蘇ってくる。
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