9話 「シークレット・エイト」
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ばいけなかった。
もう、今となっては何も――。
「うぁぁぁッ!?……ハァっ……ハァっ……」
弾かれるように上体を起こす。乱れる呼吸を整え、心臓の鼓動を抑えるように周囲を見渡す。
そこは自分がかつて追放されたあの場所ではなく、もう住み込んで1年も経つ部屋の一角に置かれた簡素なベッドの上だった。横には磨かれた愛槍が立てかけられている。
「そうか、うたた寝していたのか……」
からからに乾いた喉を潤すために、水差しの水を喉に流し込む。外を見ると、既に日は沈んでいた。
久しぶりに、嫌な事を思い出してしまった。この第四都市に住みこみ、リメインズという魔窟で槍を振るうようになってからもう1年が経った。
部屋の机には個人研究を進めている神秘数列の研究資料と槍の加工道具。よく見れば盆に乗せられたパンやスープなどの食事が置いてある。こちらが寝ているのに気付いて、敢えて起こさず食事だけ届けてくれたようだ。
そして、机の隣にある本棚には趣味である歴史書が積み重ねられている。その一冊――30年前の退魔戦役の軌跡を辿った戦史本を手に取り、背表紙を撫でる。もう何度も何度も読み返し、ページが手垢で変色してボロボロになっている。
いつも肌身離さず持っていたそれが、自分の始まりだった。
子供の頃から歴史が好きで、その戦いを勇敢に斬り抜けていった英雄たちに思いを馳せ、もっと知りたいと強く願った。親にねだって多くの資料や本を買い集め、気が付けば大人よりも歴史に詳しくなっていた。
やがて好きが高じて、とうとう気が付けば本物の学者になっていた。
恩師に恵まれた。学友にも。周囲には優秀な生徒だと持て囃され、友人に誘われて始めた槍術は短期間で上達し、免許皆伝も夢ではないと師範に期待をかけられていた。
しかし――今となってはその全てが失われたものだ。
社会的な地位も、人間関係も、全て崩れ去った。それほどの代償を払い漸く手に掴んだのは――
「これだけ、か」
机の隠しギミックで奥底に封印するように仕舞い込んでいた一冊の本を取り出す。
始まりの本が先ほど手に取った物ならば、終止符を打ちこんだのがこの本。
公式資料であることを指し示すグリフォンの金印が記されたそれを掴む手に、力が籠った。
知らなければよかったとさえ一時期は考えた秘密。歴史の闇に放り込まれた不都合と真実の一端が記されたその資料は、二度と開けるつもりはなかった。こんな僻地まで逃げてきたのだから、もうこれを思い出すこともないと信じていた。
だが、流転する人生の中で全てを捨てて掴んだこの古めかしい本が、他の運命と交わろうとしている。何の価値もないと投げ捨てようとしたそれが、別の真実に繋がろうとしているかもしれない。
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