5部分:第五章
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第五章
「あなたの描いた絵がね」
「こちらの世界に出て来るな」
「これって凄いことよ」
妻の顔は上気していた。そのうえでの言葉だった。
「あなたの現実に有り得ない絵がこちらの世界に出て来るなんて。夢みたいだな」
「いや」
しかしだった。ここで彼は言うのだった。
「それはどうか」
「どうかって何かあるの?」
「なければ言わない」
彼は真面目な顔でこう妻に話した。
「それはな」
「そう、それじゃあ何があるのかしら」
「出さない方がいい」
彼は言った。
「俺の絵はだ。こちらの世界に出さない方がいい」
「どうしてそう言うの?」
「俺の絵はだ」
どういったものかをだ。妻に話した。
「現実にはないものを描くものだな」
「ええ、それはね」
そのことは妻もよく知っていた。それで夫の今の言葉に頷くのだった。
「そのことはね」
「そうだな。だからだ」
「だからって?」
「こちらの世界に出るべきじゃない」
こう言うのだった。
「現実の世界にはな」
「現実にはないから」
「ああ、そうだ」
「だからこそなの」
「それでこうしてこちらの世界に出てはだ」
苦い顔になってだ。そのうえでの言葉だった。
「何にもならない」
「じゃあどうするの。この果物は」
「それは食べる」
食べることはいいというのだった。
「だが、だ」
「絵はなのね」
「もうこの筆では描かない」
そうするのだった。
「二度とな」
「そうなのね」
「しかし。百年の筆か」
その筆を見ての言葉だった。口調はしみじみとしたものになっていた。
「凄いものがある」
「その日本の人から買ったものね」
「歴史のある国とは聞いたがな」
「その中にはそうしたものもあるのね」
「全く。思わないものがある」
スコフコスはまた言った。
「それが手に入ったのは凄いことだがな」
「でももう使わないのね」
「そうする。とりあえずこの筆は」
「どうするの?持っておくの?」
「俺は使わない。だからいらない」
素っ気無い言葉だった。使わなければ意味がないというのだ。
「だからこれはな」
「ええ、その筆は」
「バチカンにでも寄付するとしよう」
彼はカトリックだった。その信仰は中々深いものがある。それで宗教画も描いていたりする。その方面でも知られているのである。
「あそこならしっかりと収めてくれるからな」
「それでなのね」
「そういうことだ。そうするとしよう」
筆をどうするかも決まったのだった。筆はバチカンの書物庫に収められそうして絵のことは終わった。スコフコスは絵を描き続けた。
そして時折コペンハーゲンの街に出るとだ。その日本人は。
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