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橋の鬼
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第一章

                    橋の鬼
 京の宇治橋で騒ぎが起こっていた。そこを通る者が橋の下から出て来る鬼に襲われるのだ。今のところは何とか殺された者はいないがそれでも傷を受けた者が多く出ていた。それがまた問題になっていた。
「さて、困ったことじゃ」
 それを聞いた時の関白藤原道長にしても頭の痛い話であった。鬼が出たとなっては何とかしないわけにはいかない。彼とて政事を司っているのだから。
「しかも鬼か」
「左様です」
 そのことを伝える藤原家に仕える者がそれを道長にまた述べた。
「何でも恐ろしい形相をした鬼女だとか」
「鬼女とな」
「そうです、鬼女です」
 家の者はまた彼に述べた。
「髪を振り乱し橋の下から襲い掛かって来るそうです」
「それは恐ろしいことよな」
 道長はそれを聞いてまずは心に思ったことをそのまま述べた。
「わしがそこにあっても怖いぞ」
「はい。ですから今は宇治橋に近寄る者は誰もおりません」
 家の者はこうも述べた。
「如何致しましょうか」
「如何致すも何も退治するしかあるまい」
 道長は家の者の言葉にこう答えるのであった。
「鬼は退治せねばならぬものじゃな」
「はい」
 これは政治家としての言葉であり考えであった。彼としても民を害し往来の邪魔をする者をほうっておくつもりはない。ましてやそれが鬼となるとだ。
「では決まりじゃ。人をやろう」
「一体誰を」
「安倍殿は今都におられるか」
 安倍と名前を出したところで道長の目が光った。
「安倍様ですか」
「左様、またあの御仁の力をお借りしたい」
 道長が求めるのはある一人の男であった。
「鬼でしかもそれがおなごとあっては。相当な執念を持っておるじゃろう」
「何故そう思われますか?」
「おなごの心は恐ろしい」
 道長は家の者の問いにこう述べた。
「だからじゃよ」
「おなごが恐ろしいと」
「何じゃ、知らんのか」
 家の者の要領を得ない返事に少し残念そうな顔を見せてからまた言う。
「全く。そういうことを知るのも世の中を知ることのうちじゃぞ」
「はあ」
「まあよい」
 とりあえずここでその話は打ち切ることにした。
「それでじゃ。その鬼じゃが」
「安倍様ですね」
「うむ、すぐにここに御呼びしよう。さもなければわしが行く」
「いえ、それには及びませぬ」
 しかしここで何処からともなく声がした。道長はその声を聞いて目を鋭くさせた。
「来たか」
「はい、丁度お伺いしようと思っていましたので」
 また声がした。そうして部屋の入り口に黒い礼服と烏帽子の男が姿を現わしたのであった。
 見れば切れ長の目を持ち秀麗な白い顔をしている。背はすらりとして高く端整でかつ優雅なものさえある。そこには知性と鋭さが
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