ただいまはまだ遠く
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か進んでいない。
歩けないという事がどれだけ不便か、手が使えないというのがどれだけもどかしいか、麗羽はひしひしと感じていた。
自分が一体何のために進んでいるのか、自分は何故、こんなに無様な姿で這いつくばっているのか……諦観の影が心に忍び込む。
そんな彼女を嘲笑う、心の機微に聡い、死神のような女が立ち止まりため息を一つ。
「……死んでもいいよ? そうすればあんたの存在は穢されない。親を殺さなくていいから人も外れない。袁紹は乱世で戦った一人の王として人の記憶に残るだけで済むんじゃないかな。悪名だけど」
甘い、甘い誘惑だった。
もう何も罪を重ねなくていい。誰にも自分本来の存在を怨まれなくてもいい。“袁紹”は否定されようとも“麗羽”が否定される事はなく、一人の人間として生を終えられる。
「わたくし、は……」
何かを成し遂げようとしてもいつも上手く行かなかった。だからほら、諦めればいいのだ……弱い自分が脳髄で囁く。
「自分を生んだ存在の排除は自己の否定と同じだよ。その手を親の血で染めた時、あんたは自分を保ってられるかな?」
その通りだ、と納得している自分が居た。この手を汚すことなく過ごしてきた麗羽は、命じることはあろうとも自らの手で誰かを殺したことはない。
何より、同じ事をして人を外れた彼女が言うから、その言は真に迫っていた。
「自分を保てたとしても、あんたが寿命で死ぬまで生き続けられるなんてのも、甘いかもしんない」
白蓮が自分を生かしてくれる保証など何処にもない。黒麒麟が心変わりをする事もあるかもしれない。華琳が自分を利用した上でボロ雑巾のように切り捨てるかもしれない。
生き残れる可能性さえ奇跡に等しい。敗北した時点で刈り取られる命のはず。誇りも失った自分に、誰が従ってくれるというのだ……諦観の想いが強くなった。
「親に与えられた命と真名を世界に捧げて、その上で親をも殺しちゃう。きっとあんたの親は殺される時にこう言うよ?」
赤い舌を出した彼女は膝を曲げて、首を上げたままで停止している麗羽の耳元に唇を近づけた。にやけた口元は自嘲と同じで、過去の自分に対する侮蔑に塗れていた。
聞いてはダメだ、耳を塞げ、心を閉じろ……願っても願っても、今の彼女にソレは無理だった。
「“お前なんか生まれて来なければ良かったんだ”……って」
瞬間、真っ白になる頭は、彼女の言葉を正確に取り込んで澱んで行った。
「い……いや……」
首を振った。涙が溢れた。足の指先から髪の毛の毛先に至るまで凍りついた気がした。
誰かに否定される事が恐ろしい。
誰にも肯定されない事が怖ろしい。
拠って立つはずの自分自身でさえ穢れてしまうから、何も自分には残されていないのだ。
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