5部分:第五章
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第五章
数日後少尉は他のパイロット達と共に出撃した。笑顔で敬礼しそのうえで愛機に乗り込み空に消えていった。義明はその少尉を見送り帽を振りそれから言うのだった。
「俺は。君達を忘れない」
こう言うのだった。
「その心をきっと。忘れないからな」
こう言って彼等を見送ったのだった。戦いは暫くして終わり日本は敗れた。敗戦を受けた彼は鹿屋を後にし家に戻った。そうして家業である医者にまた就いたのだった。
彼は毎日患者達を誠心誠意診続けた。その診察室にはいつも海軍のあの旗と英霊達の写真が飾られていた。ある日まだ幼い男の子の患者がふと彼に聞いてきたのだった。
「ねえ先生」
「何だい?」
彼は優しい声で男の子に応えた。
「あの旗何なの?」
まずはその旗を見ての言葉だった。白い壁にかけられてある赤と白のその旗をだ。
「日本の旗なの?」
「そうだよ。けれどこの旗はちょっと違っていてね」
「そうなの。違うの」
「坊や達を護る為に戦った人達の旗なんだ」
彼もまたその旗を見ながら優しい、温かい声で男の子に語った。
「もうね。あれから随分と経つけれどね」
「そうなんだ」
気付けばあの時は黒かった髪もすっかり白くなりしかも量も減った。顔には皺が刻まれ目も弱くなった。歳月は確かに経っていた。
「それでも。坊や達の為に戦ったんだよ」
「僕達が生まれる前になんだ」
「そうだよ。ほら」
ここで机の上に飾ってある写真を見せた。英霊達と自分が一緒に映っている写真だ。セピア色のその写真の中に多くの航空服の若者達が立っている。
「この人達がそうなんだ」
「ふうん、何か格好いいね」
男の子はその若者達の姿を見て言うのだった。
「この人達が僕達の為に戦ってくれたんだ」
「だから今坊や達はここにいていられるんだ」
その温かい声での言葉であった。
「この人達のおかげでね」
「そうなんだ」
「大人になったらわかるよ」
義明の言葉は優しいままである。
「きっとね。この人達のことがね」
「大人になったら」
「そして強さって何かね。よくわかるから、いや」
「いや?」
「そうした大人になってもらいたいな」
こう言い換えるのであった。今は。
「きっとね。なってもらいたいな」
「うん、よくわからないけれどなるよ」
男の子は彼に顔を戻して答えた。
「そういう人にね。僕なるから」
「そう。是非そうなってね」
義明の言葉は穏やかな響きで男の子にかけられた。
「これからね」
「うんっ」
明るい顔で彼の言葉にまた頷いた男の子だった。彼のその隣には今も旗がかけられ彼等の写真があった。彼等は写真の中で何時までも微笑みそこにいるのであった。その時の心をそのままに。
本当の強さ 完
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