4部分:第四章
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第四章
「残ります。その為に私達は行くのです」
「しかし倒せる敵は僅かだ」
義明はその少尉に対して深刻な顔で返した。
「君達が体当たりをしても。それで倒せる敵は僅かだ、それでもなのか」
「確かに倒せる敵は僅かです」
それもわかっている博士であった。やはりその言葉は澄み切ったものだった。
「しかし。心は見せられます」
「心はか」
「命を捨ててでもそれでも敵を倒すというその心が」
見せられるというのだった。少尉は。
「そして祖国に対してそこまでするというその心をです」
「敵に対してか」
「そうすれば敗れても日本を侮る者はいません」
少尉の言葉は続く。義明はその言葉をただ静かに聞いていた。どれだけ徳のある僧侶でもこれだけの話はできないような澄み切った言葉をだ。
「戦いの後で我が国が侮られることのないように、そして攻められたりしないように。陛下にも誰にも害を及ぼすことがないようにです」
「行ってくれるのか」
「そうです。ですからお気遣いなく」
こう言うのだった。
「その為に私達は行くのですから」
「そうか。それでか」
「そして死んだ私達はです」
少尉の言葉はここで。一つのことを彼に告げたのだった。
「靖国にいます」
「靖国か」
英霊達を祀るその社である。戦いで散った彼等はそこにいるのだ。そこから日本とそこにいる子孫達を温かく見守っているのである。
「ですから。そこに来れば私達はいますので」
「死んでもだな」
「死して護国の鬼となってみせます」
そう思い多くの者が死んだのも事実である。靖国にはその魂があるのだ。
「我が国の為に」
「わかった」
ここまで聞いてであった。義明は強い言葉で頷いた。そうしてそのうえで少尉に対して告げたのであった。
「ならばもう何も言わない。行ってきてくれ」
「はい」
「私は君達を最後まで見届ける。そして」
「そして」
「後のことは任せてくれ」
こう少尉に言うのだった。
「後のことはだ。日本のことはだ」
「御願いします。それだけは」
「国破れて山河ありだ」
杜甫の詩の一編である。彼の口から自然にこの言葉が出たのであった。
「必ずやその山河を護っていこう」
「私達の後で」
「君達のことは何があっても忘れない」
彼の今の言葉もまた本気であった。この状況で嘘をつけるとすれば最早人ではない。彼はそうした意味で人であったのである。
「きっとだ。だから安心して旅立ってくれ」
「有り難うございます。それでは」
少尉は最後に微笑んだ。もう暑くなろうとしていた。部屋の外からは蝉の鳴き声が聞こえてくる。その中での二人の話であった。
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