4部分:第四章
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第四章
「もうそれは」
「申し訳ありません」
「それよりもです」
彼はその闇夜の中で森田に言ってきた。
「腰折れで恥ずかしいですが」
「はい」
「これを御聞き下さい」
こう断ってから。彼は詠った。
満ちて欠け 晴れて曇りに 変われども 永久に冴え澄む 大空の月」
これが彼の歌だった。山下はこの歌を詠い終えると森田に顔を向けて微笑んでみせた。
「これが辞世の歌です」
「わかりました。それでは」
森田はこの歌を覚えることにした。忘れることはできなかった。そうしてそのうえで処刑場に連れて来られた。そこに辿り着くとすぐにジープから降ろされた。
「降りろ」
英語で告げられる。山下は縛られたまま降ろされる。それから森田の肩につかまってそのうえで絞首台の階段に登っていく。その側にはマンゴーの大木が聳え立ち枝葉が処刑台を屋根の様に覆っている。夜空には星達がある。そして月もだ。
しかしであった。そこには美しさはなかった。そうさせているのは処刑場のライトが下品に場所を照らしそれを隔てさせている金網にしがみついて見てきている大勢のアメリカ軍の兵士達だった。彼等はガムを噛みながらこう山下に対して罵声を浴びせていた。
「さあ、とっとと死ね!」
「地獄に落ちろ!」
「くたばれデブ!」
「何と醜い」
そんな彼等を見た森田は顔を顰めるしかなかった。
「武人に対して何ということを」
「いや、構いません」
しかし当の山下はここでも落ち着いたものであった。
「私のことは既に部下達が知っていてくれています」
「だからですか」
「それに日本人はわかってくれます」
語る言葉には疑いはなかった。あくまで信じている者の言葉であった。
「必ず」
「だからこそですね」
「はい。私のことは後世の日本人がわかってくれます」
処刑台においても彼は日本人のことを、そして日本のことを見ていたのだった。己を見ることは決して見ようとはしないのだった。
「ですから」
「閣下・・・・・・」
「そして貴方も」
次に森田の顔を見て微笑んでみせてきた。
「最期まで見ていて下さい」
「その為にここにいます」
森田は今まさに涙を流しそうだった。しかしそれでも何とか堪えていた。そうしてそのうえで山下の言葉を聞くのであった。
「ここに」
「それでは」
山下の首に縄がかけられる。ここで執行官が強く引いたので山下は言った。
「痛いな」
「痛いだと?」
だが執行官はそれを聞いてせせら笑うように返してきた。
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