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剣の丘に花は咲く 
第十四章 水都市の聖女
第八話 聖竜と乙女
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上げていると、不意に疑問が浮かび上がった。

 何故、自分はここにいるのだ、という疑問が……。

 その疑問に、『またか―――』とクラヴィル卿が内心苦笑を浮かべた。
 クラヴィル卿の人生の半分以上は、海と空で過ごしてきた軍人としてのものであった。
 候補生の頃から数えれば、その軍人人生は既に三十年を超えている。提督としての座に着き、多くの勲章も授与されてきた。
 名声、実力共に評価は高い。
 しかし、当の本人たるクラヴィル卿自身は、常にそんな自分の実力に疑問を持っていた。同期を含め自分よりも遥かに優秀な人材は数多くいたからである。しかし、その殆どは既にこの世にはいない。そういった優秀な人材は自分とは違い、政治の世界へと手を伸ばしたことから、現王であるジョゼフに関わる内紛によりその殆どが文字通り姿を消していった。政治に顔を突っ込むほど優秀ではなかった自分は、政治のゴタゴタに巻き込まれる事は少なく、何も見ず、何も聞かず、何も喋らずにただ下された命令に従っていると、何時の間にか提督の地位に立っていた。
 幸か不幸か自分の実力を正確に把握しているため、自分が特別に優秀であると勘違いする事はなかった。
 だからこそ、時折不意に胸中に湧き上がるものがある。

 ―――自分の今いる地位は、本当に自分に相応しいものであるのか?

 そんな疑問である。
 運や都合により提督の地位にあると知っているクラヴィル卿であるが、未だにその疑問に対する答えは出ていない。
 その疑問が浮かぶ度に自分なりの答えを出そうと考えているのだが、いかんせんそんな疑問を何時までも考え込んでいられる程“提督”という地位は暇ではなかった。日々の忙しさに追われている中、このまま答えが出ずに引退するのだろうと考えていた―――そんな矢先であった。

『―――ロマリアをくれてやる』

 そう―――悪魔(無能王)が囁いたのだ。
 その言葉は自分の心と判断を惑わすには十分すぎるものであった。
 当たり前だ。
 国であるロマリアをやると言っているのだ。ロマリアはどこぞの国の領地ではなく小さいとは言え立派な一つの国である。つまり、それを手に入れるという事は自分が“王”になると言うことだ。
 王―――それは想像どころか夢にも思わなかった地位。
 それが目の前の手の届く位置にあるのだ。
 冷静で居られるはずがない。
 この時になって始めて、彼は内紛に巻き込まれて消えていった者たちの事を理解した。
 彼らは優秀であるから故に、自分たちの望む地位へと手が届くと信じて政治の世界へと飛び込んだ。当時の世情がお世辞にも良いとは言えない中、それでも権謀術数飛び交う政治の世界へと飛び込んだのは各々が抱く欲と野心のためだったのだろう。
 そして自分の中にもそんな欲と野心はあった。

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