明日への翼
01 RAIN OF LOVE
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出来上がっている。
「もう一杯…」
黙って差し出されたグラスの中を焦点の定まらない目でぼんやりと見ている。
「あらあら、三嶋財閥の御令嬢がこんな所で飲んだくれてていいのかしら」
振り返ると、螢一の勤めていたワークショップのオーナー藤見千尋が立っていた。フォーマルなドレスを寸分の隙も無く着こなし、「口説いてもいいけど手強いわよ」という雰囲気だ。
「誰かと思えば藤見家のお譲様じゃない。そんなのあたしの勝手だわ」
この人と同じ物を。
千尋は紗夜子の隣に腰をおろした。
「……勝てなかった……」
呟く、と言うよりも搾り出すような紗夜子の声。
「最後まであたしあの娘に、ベルダンディーに勝てなかった……見たのよ、あの時。森里君の唇が動くのを。…声は聞こえなかったけれど。……ベルダンディーって、たぶん最後の力だったんでしょうね」
涙が頬を流れて落ちた。
「どうしてよっ。命がけで飛び込んで来たのなら、どうして私の名前じゃないの!」
「言ったでしょう。森里君はあなただから助けたわけじゃないって」
琥珀色の液体が千尋の咽の奥に消える。氷が硬い音をたてた。
「わかっているわよそんなこと!私だって女よ、あの娘がどれだけ森里君のことが好きなのかわかるもの……だから、……でも……」
店内のBGMにしゃくりあげる声が重なる。
「私もね、片腕斬りおとされたような気分。いい腕してたわ彼。私と気が合ってもいたし。仕事の上での最高のパートナーだった。恋人にはなれなかったけどね──紗夜子さん、天命って言葉信じる?」
「残酷な言葉よね」
「でも、そう思うしか……おもう……しか……ないわよ」
俯いている千尋の肩が震えていた。
「彼の一生は幸せだったのでしょうなあ」
バーテンが口を開いた。
「……私の父と言うのは酷い金の亡者でしてね。一代で財を築きあげた。もちろん、真っ当な手じゃありません。その影でたくさんの人が泣いた。子供は私を含めてたくさんいたけど、家族の中はバラバラだった。もう十年になるかな。その父があっけなく逝ったんですよ。葬式の時参列者は多かったけど涙を流しているのは一人もいませんでした。身内なぞは遺産相続のことで頭がいっぱいでしたよ。死んだ時に涙を流して泣いてくれる人がいる。これぐらい幸せなことはありません──いえ、ただの独り言です、聞き流してください」
「そうね……でも、本当に辛いのは私達じゃないわ」
千尋は残っていたグラスの酒を咽に流し込んだ。
螢一の遺骨は釧路の大地に葬られる事となった。
ごめんなさい。
本当に申し訳なさそうな鷹乃。
いいえ、お父様とお母様の傍が螢一さんも安心でしょうから。
ベルダンディーの傍目からも無理していると判る笑顔。
時間は待ってくれない。
瞬く間に一週間が過ぎた。
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