歌劇――あるいは破滅への神話
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ルタは見つからないよう、咄嗟に柱廊を走って逃げた。火の影の届かぬ場所まで来ると、手すりを乗り越え建物から離れた。何といっても自分の台詞など何一つ知らぬのだから、神官達の前に引き出されるのは危険が大きかった。
建物の側面に回りこむと、崖下を覆う森の中に灯火が二つ見えた。興味を惹かれ、行ってみようと思った。あそこに行ってまだ、自分の劇中の役割も、言うべき事もわからなければ諦めようと。崖に向かって張り出したテラスから、森に降りる階段が延びていた。テラスによじ登り、こそこそと横切って階段に足を乗せた。そうして闇を降りて行った。
森の中には小径があり、疎らに設置された燭台と蝋燭の灯のお陰で道を踏み外さずにすんだ。
小径の先は石造りの、半円系の野外劇場だった。その舞台の真ん中で、星占がいずれかの神に舞を捧げていた。すぐにウラルタに気がついた。
「腐術の魔女」
舞をやめた星占は、舞台の上から問いかけた。
「何故斯様な場所に来られたのです。あなたにはあなたのお役目がある筈」
やはり、言うべき台詞はわからなかった。ウラルタは一か八か口を開いた。
「星占符の巫女よ……水相におけるネメスにて、第二幕の脚本が失われました。今、その件で、神官達があなたを探しています」
巫女は暫く佇んだままだった。その姿がゆらゆら揺れ、息が荒くなっていき、両手で口を覆った。そのままくずおれるように舞台に座りこんだ。
「星占よ」ウラルタは恐る恐る舞台の端の石階段に足をかけた。「お気を確かに」
「この為だったと言うのですか?」
星占の声は震えていた。
「ああ、有力なる巫女よ。あなたが脚本を酌人に託してすぐ、失われたわけは」
「何の為、だと言うのです」
「魔女よ、あなたは歌劇の第一幕の内容をご存じですか」
「いいえ」
「私は存じております。最高神レレナの威光のもとに為される陰明の調和の物語。光と闇が、影と実体が、死者の国と生者の国が、月が夜に溶けて消えゆくように、和合する様を描いたもの。死者の国、虚構の国が、生者が現実として認識できる全ての相と融合するまでの――それが第一幕」
「即ち、全ての相が消え失せるまでの?」
「その通りです。実体が影となりゆくまでの。星が夜に溶けて、神が人の世に溶けて消え去るまでの。その虚構としての結末が、この現実の結末となるまで、第一幕は終わることが許されないのです」
「では……今……」
ウラルタは星占に歩を詰めた。
「この世界はどこなのですか? 歌劇なのですか? 実在する現実世界と同じ場所なのですか?」
「歌劇の終わりと現実の終わりに区別はございません」
星占は立ち上がった。尖った白い顎を、月のない、また全ての星も闇に溶け、今にも淡く消えていくような、そんな夜空を見た。
「第二幕の内容は存じません。ですが第一幕に
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