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Lirica(リリカ)
歌劇――あるいは破滅への神話
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顎に伸ばして、顔を見るようにした。
「如何なる神が、お前が夜の軛から逃れ、昼ひなかの世界を歩む許しを与えたというのだ?」
「大いなるレレナは夜の空から星々を拭い去りたもうた」
 思いのほかよく通る声で答えたので、一瞬狂女が正気であるような錯覚を抱いた。
「月をさやかに見出す為と存じます。月は地に満ちる憎しみを憂い、深き夜の幕にお隠れになった」
「黙りなさい。お前の口は既に尊きものの名を呼ぶためにあるのではありません」
「星々はただ一つの――」
「お黙り」
 高等神官は強く遮った。狂女は黙り、代わりに星占が前に出て、おずおずと口を開いた。
「お待ちください。この者は何がしかを示唆しようとしております」
 敢えて恐怖を与えるかのように、神官は星占を振り向く。そして、低い声に、それとわかる脅迫をこめた。
「狂いし者に示唆などない。かつてレレナの神託を偽り、我らを死者の国へと落とした時から、左様な物を受け取る純粋さを、彼の者の(なずき)は失したのだ」
「星々は」その隙に狂女が叫んだ。「溶け去る事を拒み、ただ一つの夜の出口を明らしめるべく石の中へと落ちたのです!」
 ウラルタは掌を開いた。石の中の星は皆、狂女の言を裏付けるように、きらきらと瞬きし、狂女は喚いた。喚いてウラルタから石を奪うべく、拘束を解こうともがいた。ウラルタは慌てて手の中に石を隠した。
「おぞましい」神官が吐き捨てた。「何が見えるというのだ?」
「我らには見えざるもの。希望が見えるのでしょう」
「希望」
 民衆がぞよめく。
「希望が見え、それを手にするべく、追いかけてきたのでしょう」
 狂女が男をふりほどいた。男がわざと手を放したようにも見えた。四方から迫りくる窒息から逃れうる、唯一の打開策を見つけたというような表情で、狂女は両腕を広げてウラルタへと走って来た。
 ウラルタは逃げた。
「見えざるものは希望――」
 星占の台詞が続いたが、聞いていられなかった。路地に飛びこみ、でたらめに角を曲がり、細い路を縫った。大きな通りに出た。民家に手をつき、振り返った。狂女の足の鎖の音はもう聞こえなかった。
 太陽が、路地の曲がり角の壁に何者かの影を焼き付ける。
 狂女が片手に足首の鎖をぶら下げながら、ウラルタめがけて走ってきた。その後には十人ばかりの民衆が、ぞろぞろと続いていた。
 ウラルタは短い、上擦った恐怖の悲鳴を上げた。眼前の通りを横切り、別の路地へ。長い階段を上がると、開け放たれた、漆喰の、アーチ型の門が見えた。ウラルタは門をくぐり、木戸を閉ざして閂をかけた。
 やがて狂女がやって来て、木戸を激しく叩いた。じきに民衆も木戸の乱打に加わった。ウラルタは玉砂利の裏庭を抜けて、白い漆喰の建物に飛びこんだ。すると白亜の廊下が足許に横たわった。道なりに進むと左右
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