歌劇――あるいは破滅への神話
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らねばならぬのだ」
素晴らしい夜の闇が、遠い稜線に続いていた。白く満ちる月が、闇を更に深めた。御子と従卒は、影絵のように一筋の道を急いだ。稜線が迫るにつれ、月は弧を描いて動き、闇は一旦一際深く彼らを閉ざした後、白く和らぎ始めた。空は稜線と触れあう場所から紫色に変じ、やがて明けの桃に染まると、次に金の光を世界の果てまで投げ放った。朝露が光を閉じこめて、黒い土に垂らす。疲弊しきった馬達は、ついぞ御子と従卒を夜明けの神殿に届けた。
御子は馬を下りて、長時間の乗馬で硬直した体に無理を強い、神殿に急いだ。その西の扉を開け放つと、入り口で凍り付いた。
重い灰色の石造りの床。そこは垂れ落ちた血のしみによって汚されていた。高く遠い天井を見上げた御子は、吹き抜けの手すりから吊された兵士達の姿を見出した。
「なんと惨い」
御子は呻く。
「何故これほどまでの仕打ちを……」
「全てはあなた様の所行でございます」
場違いな女の声に、御子は振り向き、二歩、三歩と身を引いた。戸口に立つ女の亡霊は、どこも見ておらず、光なき目を御子がいる方に向けて続けた。
「息子はこうして死にました。あなた様がなさった事の結果です。御子様、あなたが息子を殺したのです――」
従卒の足音が近付いてくる。老女の霊は消えた。従卒は御子と同じ惨状を目の当たりにし、呆然と立ち尽くした。
「リデルの民は我が首が欲しいのだろう」
従卒は慌てて顔を御子に向け、言葉の意を汲み、首を振った。
「なりませぬ、御子様」
「彼らはルフマンの為に死するを欲した。この死者の国で本懐を果たせば、此度こそ正しき道を見出すが叶うと」
「その通りでございます、御子様。あなた様は神ルフマンに最も近しきお方ゆえ、失われるわけにはゆきませぬ」
「ならばこそ彼らは死ぬべきではなかったのだ。ルフマンの為戦い死するが本望ならばそうするがよかろう。だが彼らは私を追うリデルの民に殺された。私の為に死んだところで何になるというのか」
御子は従卒に歩み寄る。
「後方へ戻るがよい」
「しかしながら――」
「戻るのだ! この不毛な争いには私が決着をつけねばならぬ。それがルフマンに最も近しき者の役目。私は役を見出したのだ。そなたらの正しい道を、我が天命によって示そうぞ」
従卒はじっとして動かない。
だがやがて、覚悟を決めて敬礼した。
「仰せのままに」
神殿を出ていく。遠ざかる蹄の音を御子は聞き届けた。
御子は吹き抜けの底を横切り、あの十字路がある廊下に出た。残してきた重傷の兵も、死せる兵も、もはや消え失せていた。
十字路で、触れあう鎧と一斉に鞘から抜かれる剣の音を聞いた。御子がここに入るのを、あるいは従卒が遠ざかっていくのを、どこかから見ていたのだろう。
御子は懐から短剣を抜いた。足音がこの
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