歌劇――あるいは破滅への神話
―3―
[3/5]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
ぬ。即ち、我らがどのような死を迎えたかを思い出せば。我らは余りに素早く死者の国の混沌へと落ちてしまった」
御子の隣で鎧が崩れ、音を立てる。巫女はたじろいだ。鎧の中に、その持ち主の肉体はなかった。
「新しい子宮へと落ちていったのだ」
と、ルフマンの御子。
「己が神の懐にたどり着けぬまま死者の国での死を迎えた者は、もう一度生を繰り返すようさだめづけられている」
「御子様、これは我々が、我が神の為に死ぬる事の叶わなかった故でございましょう」
「我が神は信徒の死を望んでなどおらぬ」
御子の語気が僅かに荒くなった。傷ついた兵は制止を押しとどめ、立ち上がった。
「他の傷ついた兵達は後送するがようございましょう。私は前線に戻ります」
「ならぬ。その傷では死にに行くようなものではないか」
「もう一度死に直しましょう。我が神への道を見出す為に」
「待たれよ」
御子は腕の中の兵士を床に横たえ、立ち上がった。
「私はそのような事の為に、そなたの痛みを除いたのではない!」
「御子様」
見たところさほど傷ついていない兵士が、入れ違いに駆け寄ってきて跪いた。
「後送の支度が整いました。指揮をお執りください」
全ての幻覚が消える。
ウラルタはずきずき痛む額に意識を集中し、幻の続きを探した。星占、あるいは神ルフマンの御子の姿を。
「私は彼らを死地へと駆り立てる為の偶像でしかないのか」
物静かな、しかし怒りをこめた青年の声が遠く聞こえた。
「おお、父よ、この為だと仰るか。私を老いと自然な死から遠ざけ給うたのは!」
その次の、絞り出すような声は耳許で聞こえた。
「私は何をしているのだ? 彼らの苦しみは、一体いつまで続くのだ? 何の為に……」
間近に横顔が見えた。御子は驚愕に打たれて目を瞠る。
苦痛が吹き荒れた。恐怖と苦痛があたかも質量を得たように、御子の周囲で渦を巻いた。苦痛は御子がいる部屋の窓を破り、窓枠を吹き飛ばした。苦痛は壁に吊された御子の衣服を巻き上げた。タペストリーをさらい、遙か生と死と無意識の深淵へ落ちてゆく者達の悲鳴へと織り直した。苦痛は水差しも寝台も、炉も壁も床も混淆して、恐怖を湛え凍りついた無数の目を織りこんだ。
おぞましい織物は御子の瞬きによって失せ、空間に開いた深淵の口も傷跡が閉じるように消えた。御子の周囲がはっきりと見えた。彼の居室は整然としており、荒れたところはない。暖炉も壁のタペストリーも。
御子は急ぎ足で居室を出た。蝋燭の影が不安げに揺らめく階段を下り、折りよく通りかかった従卒に、馬を連れてくるよう命じた。馬としての本能に背き、夜間の走破に耐えられる、痛ましいほど従順な馬を。
「前線の施術所に戻る」
御子は、言いつけを拒むべく口を開きかけた従卒に、言わせじと言葉を重ねた。
「戻
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ