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猫の憂鬱
第3章
―9―
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葉でも、宗一には何も云えない。
「青山涼子の元旦那は、瀧川セイジ、此奴の兄貴だよ。顔も全然違う。」
食い違う話の内容に宗一は鼻を掻き、電話を取り出した。
「なんだ。」
「時一が、青山涼子の元旦那はタキガワコウジやなくて、兄貴のセイジやぁ言うてる。」
「此れ以上ややこしくするな。」
「本当です、青山涼子の元旦那はセイジの方です。」
「其奴、えげつないサディストか?」
「いえ、そういう性癖は持ってなかったと思います。」
「兄貴、今何処居るんだ。」
「死んでます、九年前に。」
「…トリカブトで死んだとか、云わんよな?」
「彼は事故です、交通事故。飲酒運転だったらしいです。」
日本では無名に近い青山涼子だが、ドイツでは中々に名前が売れている。交通事故のニュースの時、青山涼子の旦那、と云われており、時一は其処で顔を見た。
飲酒運転の自爆なのだから普通は名前しか報道されないが、妻が有名な分、顔がベルリンに知れた。あら可哀想、と時一の妻が呟いたので覚えている。
そして其の一年後だ、息子が死んだと報道された。此の時のニュースは凄かった。半狂乱に陥った青山涼子が、旦那が殺した、と喚いていた。御前の旦那は一年前に飲酒運転事故で死んでるだろう?と皆思ったが、彼女は猫と同じに息子も愛していた、仕方が無い、と錯乱を受け止めた。
受け入れるしかなかった。
旦那と息子が死んだ、其れだけでも辛いのに、誰よりも自分を可愛がってくれていた父親迄此の一年前亡くなっている。加えて、ドイツに来てからずっと一緒に居た、最年長の猫も十八年の生涯を閉じている。彼女には息子の死より此方が辛かった。息子は五年、猫は十八年だ、幾ら産んだと云っても過ごした長さが違う、青山涼子の辛さと楽しさをずっと共有していた。其れが息子の後、死んでいる。
青山涼子は云う。
彼女は本当に息子を愛してた、私より母親らしかった。息子が生まれた時から、何時も一緒だった、一緒にベッドで寝て、ずっと舐めてたわ。危ない事をしようとしたら、自分が身体を張って止める程にね。其れで目が見えなくなったの。息子の代わりに薬品を被って。其処迄彼女は息子を我が子だと思ってた。だから、息子が寂しくないように、自分も逝ったのよ。だって、彼女が母親ですもの。私より、息子を選んだのよ、素敵な母親――と。
皆うーんと唸り、何の祟りだ、そら筆も折るわ、と納得した。
此処迄バタバタ死なれ、平然とする方がおかしい。
引っ掛かる場所も同じだった。
「目が見えない?」
課長の言葉に時一は云う。
「彼女は、油絵なんです。だから、其れを落とす薬品です。息子さんが三歳の頃で、御主人が亡くなる、一年前ですね。」
「三歳か。一番活発だな。」
「其の事故から徐々に絵を描かなくなって、二年後で完全に筆を折ってます。」
「其の猫は…」

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