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猫の憂鬱
第3章
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そういう事は判らないんですよぉ。」
「橘さんは?」
「ええと、ううんと…。先生ぇと、同じ意見ですねぇ。」
「博士は。」
「あ?電気流せ、電気。人間は電気を流す。」
龍太郎のタイを掴んだ秀一は其の儘ホワイトボードの前に電気回路を書き、ね、此れ、此れが人間の中で起きてる、と云った。
「此れが血管、此れは神経。此れが脳で、此れが心臓。」
「はい。」
「此の線が切れたら、詰まり死体。電気が通らないからだ。乾電池、プラスとマイナス、逆に入れたら繋がらないだろう?」
「はい。」
「終わり。」
全然判らん。
秀一に聞いたのが間違いだったのだな、と龍太郎、其処だけは判った。
「何で誰も疑問に思わないんだ?」
「何が。」
マーカーを置いた秀一は腕組みし、ボードに凭れた。
「何故自分が生きてると、思うんだ。妄想かも知れないじゃないか。現に死んだ事を自覚しない幽霊だって居るじゃないか。」
「面白い事聞くな。」
「俺は、自分が生きてるって感覚が無い。見る死体と何が違うのかが判らない。此奴は死んでる、確かに死んでるんだ。でも、だからって、俺も生きてないんだ。違いが判らないんだ。俺と、其奴の違いが。動かないって位しか、違いが無い。なら何で、動いてる俺には、生きてる感覚が無いんだ?」
秀一は息を吐くとパイプ椅子に座り、龍太郎の顔を下から覗き込んだ。
「本郷さん、あんたさ。」
おかしいだろう。
「御前、絶対おかしいよ。病んでるだろう?絶対そうだって。辛いのか?人生が辛いのか。」
「いや、辛くは…」
「嗚呼そうだ、そう。セックスしたら良いよ、セックス。生きてるって、思うよぉ、超気持ち良いもん。心臓も一杯動くしね。うん、そうしよう。」
「運動なら、毎日剣道の稽古してる…」
「アドレナリンだよ、そうそう、アドレナリン。其れ沢山出しな、生きてる感覚するよ?」
「…そういう感覚では無く…」
「オッケオッケ、終わり。」
秀一は椅子から立つと、アイアム ジーニアスと両腕上げ、又世界を救った、救ってしまった、化学は世界を救う、と訳判らぬ悦に入っていた。
此れが、生きている感覚なのか…。
だったら一生判らんなと龍太郎は礼を済ますとラボから出た。
「御前んトコ、おかしなのしか居らんやないか。」
「は?御前の所には負けるよ。」
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