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猫の憂鬱
第2章
―6―
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―煩くありません!
――うるさーぁい。バイバーイ。

回線は一方的に切れ、接続の切れたパソコン画面に時一は怒鳴っていた。其れが本の二三日前の出来事で、時一の落ち込み加減、そうかそうか、と宗一はニヤついた。
「恵御に彼氏が出来たんやな?」
「其の男を殺す。病気でっち上げて、一生隔離してやる。」
大きな目を一層大きくし宗一を見た時一は無表情で威嚇した。
チャットを知らせる音がし、見ると発信者は娘であった。まさか本当に、彼氏が出来た報告でもしに来たんじゃなかろうかと時一は恐る恐る繋いだ。
「如何したの。」
「ムッティになんか云った?例えば、別れよう、とか。」
「…そんな事は云って無いし、此れから先、云う予定も無いから安心して良いよ。墓迄、来世迄一緒だから。」
「じゃ、何でこんなに落ち込んでんの?」
パソコンを持った娘は移動し、ソファで放心する母親の横に座った。画面からでも妻の顔色の悪さは判り、珠子さん大丈夫ですか?と聞いた。
「絶望よ。」
例え作品が出無くとも、又ふとした拍子に、例え何十年後でも良い、筆を持ってくれるのを期待していた妻は、一生其れが叶わぬ絵である事に放心していた。
最初に青山涼子を好きなったのは此の妻で、無名時代の彼女に、一度描いて貰って居るのだ。もう、十五年も前の話である。
彼女の絵は、写真と漫画の中間と云おうか、漫画みたく非現実的な絵では無く、だからと云って人物画みたくはっきりきっかりした絵でもない、依り人間に近く描いた漫画タッチ、こう云えば良いだろうか。
だから、画家、というよりはイラストレーターと表現した方が正しいのかも知れないが、きちんとした絵も描くので画家の扱いになっている。
因みに時一の電話のロック画面、猫を抱いた少女の絵、其れは正に十五年前無名の彼女が描いた妻の絵である。縦三十センチ、横二十五センチの小さな物だが、其の小ささが飾るのには丁度良かった。
余りに大きい肖像画を飾るのもナルシストだと思われるし、何処の貴族だ、ともなる。
「何で死んだの…?」
妻の呟きに、本当の事を云うべきか。
時一は画面から目を離し、自殺です、そう云った。
「そう…」
「珠子さん、又後で、話しませんか?」
「良いわ、大丈夫。恵御を学校に送るわ。」
日本とドイツの時差は約八時間で、今は三時前、ドイツでは朝の七時である。だから娘が居たのか、と納得した。
「ムッティ、お腹空いたわ。」
「シリアル食べなさい。ロッテー。」
「はい、奥様。」
「悪いけど、恵御を学校に送ってくれるかしら。此の儘運転したら事故を起こしそうだわ。」
「ロッテ、僕からもお願いします。」
「あら、先生。グーテンモルゲン。」
「日本はグーテンタグだよ、グーテンモルゲン。」
うふふ、日本って遠いですわねぇ、と手伝いは顎に指を置き、
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