第1章・一年前
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「呼ばはった?」
「…呼んだ記憶は無いが。」
全員出払った一課の部屋に馬顔の眼鏡を掛けた男が現れ、ドアーの縁を掴んで微笑んでいた。
「うわぁ、見事誰も居らぁん。広いなぁ。」
「何しに来た。」
「あれ、呼ばはったんと違うの。」
「何の妄想で来たんだよ。」
課長は立った侭書類整理していた動きを止め、電気ポットのスウィッチを入れるとフィルターに珈琲粉を入れた。
「何しに来たか知らんが座れば。」
「御前、一個も変わってないな。何し来た、早よ帰れ…其れ以外言わんやないか。」
「何の話だよ。妄想の話か?」
男はケラケラ笑い、課長の席から一番近い木島の椅子に座ったが、其処には座るな!と怒鳴られたので、課長の椅子に座った。
課長は一瞥するだけで何も云わず、ゆっくりとフィルターにお湯を入れた。
「本当、何しに来たんだ。遠路遥々京都から。」
「赤ん坊の白骨死体。」
「…何で御前が知ってるだ。」
「だって俺、今東京居るもの。」
「は…?」
「科捜研。あれの法医。来年度から。十月の採用で受かったんよ。住居探しで彷徨いてんの、東京を。」
「死ね…」
「うっわ、物騒。」
珈琲の入ったカップを男に向けたが、男が取る前に上に上げた。
「目的を云え。」
「なぁんも無いわな。何で何時もそうけんけん、けんけん。煩いな。」
「御前が現れると碌な事が無い。」
「座らはったら。」
「御前が座ってるじゃないか。」
デスクにカップを二つ置いたのを確認した男は課長の腕を引き、嫌がる課長をしっかりと膝の上に乗せた。
「離せ!誰か!痴漢だ!誰か居ないのか!」
「温ぅい…」
「俺で暖を取るな!離せ、離せ…ってば…」
喚く課長の顎を下から掴んだ男は噛み付くように課長の口を塞ぎ、乾いた音が静かな部屋に響いた。
「痛った…」
「出て行け!」
「何も叩かんでも…」
「強制猥褻で捕まえるぞ!」
「捕まえられるもんなら、捕まえてみ。」
垂れた目を一時も逸らさず、課長の手首を掴んだ侭男は立ち上がった。そしてデスクの引き出しを開けると手錠を取り出し、目の前にぶら下げた。
「ほれ、手錠。御前のだぁい好きな手錠。よぅ使ったよな?」
男の挑発に課長は手錠を奪おうとしたが、其れよりも早く男が課長の片方の手首に下ろした。
「な…」
呆然と手首に嵌った手錠を眺め、キキキキ、と男は笑い、珈琲を飲んだ。
「ばぁか、俺の方が小さい分リーチ早いのん。」
垂れた髪を課長は耳に掛け、鍵で手錠を外した。そして、珈琲を飲む男の両手にしっかり掛けた。
「おい、痴漢だ。誰も居ないから助けてくれ。」
三課の内線を押した課長に男は、其れずっこい!と喚いたが、課長は優雅に珈琲を飲んだ。暫くすると三課の課長が姿を現し、痴漢って?、男と見ると足早に近付いた。
「又貴方ですか。」
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