歌劇――あるいは破滅への神話
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2.
吹きすさぶ雪が石の階段を氷の階段に変える。ウラルタは歌劇場の外壁に取りつけられた、幾度となく折れ曲がりながら続く階段を上っていた。足が滑り、危険だが、迷路のような内部を歩くより確実に思われた。
上る建物を間違えたかもしれないと、ウラルタは幾度となく不安に襲われた。日が沈みも昇りもしない世界で、時間など何の目安にもならないが、どれほど長い間階段を上り続けているかわからないのは心許なかった。下から見る限り、歌劇場はこれほど高くなかった。しかし、時折弱まる雪の向こうに見える分水棟と監獄棟、そしてウラルタが手すりで首を吊った大聖堂図書館、その方角を考えると、ここが歌劇場である事は間違いなかった。
強い風に押され、ウラルタは凍る胸壁をつかんだ。冷たさよりも痛みを感じた。そして、熱かった。掌が胸壁を覆う氷に貼りついた。風が弱まるのを待ち、ゆっくり掌を氷から剥がす。掌は真っ赤になっていた。氷で肌が焼けるという知識があるから、実際に肌が焼けたのだろう、とウラルタは考えたが、何かを考えるには、ここは風が強すぎた。
更に階段を上へ。
途中、歌劇場内部に入る扉を見つけた。束の間風から逃れるべく、戸を引いた。内部の闇が逃げて、廊下に、雪雲の光に縁取られた、ウラルタの影が落ちた。
体を滑りこませ、戸を閉ざした。風が断たれ、闇が戻ってきた。
ウラルタは何度も氷で焼けた掌に息を吹きかけた。私が命なき者なら、体は損なわれず、痛みも感じないはず。
やがてその通りに、掌は復元された。
廊下の先の曲がり角からこぼれ差す光に、ウラルタは手をかざした。かざしながら、この世界に時間がなく、命がない事を、ぼんやりと思った。あるいは世界の命がないのか。あるのは主観だけ。主観と主観が補いあい、かろうじて形を保っている世界――あまりにも脆い世界。
主観で言うのなら、私は何も変わってない、と更に考える。失意、怒り、焦燥と虚無感。命があった頃、常に抱いていた感情はそれだった。今ある感情は虚無感だけ。それを感情と呼べるのなら。
命ある虚無と、命なき虚無。何がそんなに違う?
手をおろして廊下の先へ向かった。果たして窓があり、遠くに、大聖堂図書館が見えた。どれだけ高く上ったか確かめようと思ったが、地上は遠く、窓が曇っているせいもあり、よく見えなかった。目線を上にやれば、雲が一部、丸く明るい。太陽があそこにあるのだ。
「星占よ」
不意に朗々たる男の声が聞こえ、ウラルタは硬直した。
「この度盟を結ぶエキドナ家は、車輪の神アネーを奉る一族であるぞ」そっと耳を澄ます。「婚礼の儀を重んじるならば、当家が奉る狩猟の神リデルとアネーの星の行路が重なるこの日この場所以外に、相応しき日時はない」
「おお、領主様、憂うべきは」
次は高い女の声。窓が並ぶ廊下の
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