意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
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増した。
やがて光が誰かの手の中にあることが分かってくる。光がその人物を照らした。セルセト国の魔術師の身分を示す緑のマント。白い髪。彼は右手に鈴を下げていた。左手には守護石アクアマリンの光を。
ラプサーラは口から全ての感情が抜け出ていくのを感じた。
彼は死者達を一瞥した。優しい目でも、かといって冷たい目でもなく、ただ見た。彼はラプサーラを見なかった。ただ鈴を響かせた。ただ光と共に歩いていった。長い髪を結った背中をラプサーラに見せて。
死者達の狂騒は去った。死者達は一人、また一人と、光を追って歩いていく。もはや一言も話さず、もはや狂乱に陥ることなく。
ラプサーラはその人の名を叫ぼうとした。丸めていた体をまっすぐにし、手を伸ばし、叫ぼうとした途端、大きな流れをその身に受けた。抗い難い潮流のように、それは声をなくしたラプサーラの自我を、此岸へと押し返した。
そうして彼女は目覚めた。堤防の上、空に描かれる水紋などはない。
顔が熱かった。ラプサーラは口を噤んだまま、堤防から海に身を投げた。黒い水に少し沈み、再び浮き上がった時、顔の熱は少しだけましになっていた。
彼女はようやく、望む名を声に出した。
「ベリル!」
その声は、町にあっては戦支度の兵士達の声に消され、海にあっては黒い夜の海鳴りに消された。だが確かにラプサーラは叫んだ。かつて顔に描かれていた血文字の熱さと共に叫んだ。
ラプサーラは激しく顔を洗い、それでも消えない熱を確かめた。消えない守護と約束の熱だった。身を覆う汗と垢より深く刻まれた熱であった。
海にあり、海より塩辛い涙が頬を伝い落ちる。
ラプサーラは何度でも、ベリルの名を叫んだ。
※
白い服。白い靴。占星符をしまっておく、白い手提げ鞄。ラプサーラはぼんやりした遠い目で、鏡の中の自分を見る。
少し前まで、自分の顔は斑だった。汗が流れ、垢となり、醜い斑になっていた。今も斑のままだ。ただ、垢を洗い落とす前とは濃淡が逆転している。垢の薄かったところは陽に焼かれ、垢の濃かったところはあまり焼かれなかったからだ。
控室の戸が開き、セルセトの軍人が入ってきた。
「まだ臭いな」
と、中年の下士官は言った。
「だが、多少マシになったな。こ綺麗になったものだ」
ラプサーラはゆっくり鏡から離れた。無言のままのラプサーラに、下士官は言葉を重ねる。
「一応、もう一度だけ聞いておく……セルセトに帰らなくていいのだな?」
「ナエーズに残ります」
「よりによって、星占としてか。これまでデルレイの助けとなってきたように」
下士官は彼女の意志を探るように、斑の顔を凝視する。
「軍に留まるとなるとだな、誰に殺されても文句は言えんのだぞ」
「今までもそうでした。これからもそうだというだけ
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