意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
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える?」
帰りたかったろう、セルセトに。生きていたかったろう。ベリル。アーヴ。ダンビュラ、兄ロロノイ。降り注ぐ矢や石に、悪辣な魔術の罠に、剣に、飛び散っていった人たち。ラプサーラは堤防に腰をかける。名も知らぬ、眼前で、眼下で、幻視の中で、死んでいった人々の顔を思い出す。一つ一つ。カルプセスに取り残され、とうに殺されてしまった隣人達の顔を思い出す。一つ一つ。そして数える。
三角の帆が迫り、一つの湾へとみながみな吸いこまれていく。全ての帆が移ろう空の茜に染まる頃にも、ラプサーラはまだ数えている。畳まれた帆から茜が失せ、紫に、そして藍に変じても、まだ数え終わらない。
町の声はいつになく賑やかで、途切れる事がない。血祭りにあげられるグロズナの少女の悲鳴が夜を裂く。
ラプサーラは仰向けの姿勢で堤防に横たわり、まだ数えていた。星のない夜空に揺らめく水紋を幻視しながら。その水紋が己の顔と体に投射されている様を想像しつつ、目を閉じる。
セルセトは遅すぎた。
グロズナの少女の悲鳴は止んでいた。ああ、もう、遅すぎた。彼女は語る。帰りたかったでしょう、生きていたかったでしょう? 瞼の闇、その底深くからこちらを見上げる顔、顔、顔。
不意にそれらの顔が、確かに在るものとして、ラプサーラには感じられた。
思いを馳せる全ての顔が、ただの思いではなくなっていた。ラプサーラは、目を閉じたまま目を見開く……内なる目を。
額がひどく疼く。
ラプサーラは見た。
闇の底深くを埋め尽くす人々を。
それが皆、見覚えがあったりなかったり、いずれにしろ、死んでいった者達であった。
そこは闇の世界だった。ラプサーラこそが光だった。彼女が観察者であるという理由で以て、彼女が生ある者であるという理由で以て。
死者達は目を開け、口を開けた。距離というまやかしを越えて、ラプサーラの耳を悲鳴と、叫びと、ざわめきと、悔悟の呟きで聾した。
紙切れみたいにがさがさした手がラプサーラの足首を掴んだ。続けて同じ手触りの、しかし初めに感じたものより幾分力強い手が、反対の足首を掴んだ。ラプサーラは急激に闇の底に沈められていくのを感じた。光を求める者によって、光が、己の命が、消えていくのを実感した。
引きこまれる、死者の中へと。ラプサーラは両手でもがき、叫び声をあげようとした。水の中で叫ぶのと同じで、いずれも無意味だった。死者達の力強さに引きずられ、落ちてゆく、落ちてゆく……。
清らかな鈴の音が、死者の声を破り響いた。
両足が自由になる。
ラプサーラは宙に浮いたようになった。静けさで耳が痛くなる。
もう一度鈴の音を聞く時、近付いてくる光を見た。水色の光だ。どこともしれぬ空間で、胎児のように体を丸めて、ラプサーラは光を観察した。それは鈴の音が響く度に、輝きを
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