意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
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分が何年の時を生きたか分からなくなるほど」
「どうするの、私を殺さないなら」
「運命を捨て、それでもまだ生きる事が許されるなら、また会おう」
ミューモットは背を向けた。
「セルセト軍がジェナヴァの軍港に集結している。いよいよこのナエーズに来る」
広い背中である。黒いダガーを隠した背中である。
「戦ってみせよう。セルセト国の為ではない。ラプサーラ、もはやお前を守ってみる為でもない。ただ単に自分の身を守る為だ。自分が誰かを知る為に」
去って行く。歩いて行く。背中が遠ざかる。
二度と彼に会う事はない。予感だけが確かだった。
ラプサーラは深々と溜め息をついた。足許の生首に目を落とす。
通りに人が戻って来た。ペニェフの聖職者たちが、生首を拾い上げ、白布に包み、持ち去って行く。
※
月と星の滝が、夏を滑り落ちた。実りなき収穫の秋。血に塗れた恵みの秋。太陽は和らぎ、淡く霞む光が人々の頬を撫でた。
いよいよセルセト軍の噂が、海の向こうの黒雲のように押し寄せてきて、新シュトラトに投げ込まれる哀れなペニェフの生首はにわかに数を減じた。
ラプサーラは占星符を繰る。
「グロズナの奴ら、セルセトと対等に交渉するつもりでいるらしいぜ。ペニェフ優位の政治をやめろってな」
彼女の前を人々の足と噂話が通り過ぎる。
「交渉だって? とんでもない。グロズナの奴らはセルセト国をも敵と見做して最後の一人まで戦うつもりだとよ。あいつらは血に飢えた狂犬なんだ」
ラプサーラは占星符を繰る。
「薄汚ねぇグロズナ連中なんざ、皆殺しにしてしまえ!」
ある時には声だけが通っていく。
何だと、と別の声が応じる。
殺してやる、と最初の声が答える。
すると二人目の声は叫ぶのだ、おお、やってみやがれ。こっちこそ殺してやる。
やがて、言い争いの通りに一つの死体が転がった。
死の噂を聞く度に、ラプサーラは彷徨い歩く。
「お兄ちゃん?」
失望の味は違う。百回目。百一回目。百二回目。全てが。
「お兄ちゃんじゃない」
彼女は死体の前で占星符を広げる。死者の幻影を探す。死者の声を探す。全ての死者の魂が行き着くいずれかの神の懐に続く道を、あらゆる生命が来た道を、逆に辿ろうと試みる。
もしも希望があるのなら、狂気の果てまで追いかけていこう。黒い海を、死の岸へと押し流されていく、全ての命のように。
ラプサーラは軍靴の音を聞く。だがそれは神の声ではない。ラプサーラは秋の光を集め滴る槍の穂先を見る。だがそれは神の啓示ではない。
三角の帆が白く、海原の向こうから来た。
「ベリル?」
その時、ラプサーラは占星符を繰るのをやめた。堤防に立ち、かつて己の顔にベリルが血文字を描いたあたりをなぞった。彼女は呟く。
「ベリル、見
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