外伝:色褪せぬ過去よ
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なりに戦い慣れているだろう。周囲より一回りほど大人びたその目には、俺にとっては見慣れた影が見え隠れしていた。
ある種で独特の、狭間に揺れる感情なんだろう。
ゲーム開始から暫くは特によく見た表情。
あれは、今と過去を隔てる巨大な落差を乗り越えていない顔だ。
ゲームの始まりと共にプレイヤーたちは現実世界に帰れなくなった。それまでは当然ながらみんな日常生活を送っていたのだ。それが、一転して死の危険性が大きいゲームに無理やり参加させられる。昨日までの幸せや日常の積み重ねを基にした行動が、突然受け入れがたい現実によって足止めさせられる。
そうして今と昔が余りにも明確に隔たれると、人はより幸せだった後方に後ろ髪を引かれる。
心理学者じゃないが、俺にはなんとなくその気持ちが理解できる。それは恐らく、俺もそれの同類だったからだろう。楽しかった学生時代の現実は、このSAOの世界に入ったことで決定的に切り離された。ついこの前まで確かに存在したものが、決して手の届かない場所へと。
だが理屈の上でそちらに戻れないのは分かっている。だから無理にそこから目を逸らして前を向いているふりをするのだ。そうして強がって過去など知らないと言い張ることで、今にも倒れそうな心を支えている。これは大切な人を失ったプレイヤーにも時々見られる。
はっきり言えば、無理をしているのが見え見えで痛々しい。
行動は理性的なのに、過去を思い出す弱さを振り払えない。そんな人は何かに全てを注がないと自分が自分でいられなくなってしまう。俺にとってのギター、アスナちゃんにとっての攻略……形は人それぞれだ。――そして、誰もがそのように物事に全力を奉げられるわけじゃない。
だからこそ、デスゲーム開始から暫くはそんな顔を嫌と言うほど見てきた。
もう完全に定番になってしまったいつもの曲を歌い終える。女性はどこか虚ろな顔で曲を聞いていた。いや、それは聞いていると言うよりは、聞くことで別の何かから気を逸らそうとしているようだった。彼女はよほど弱い自分や過去から逃れたいらしい。
でも、俺はこうも思う。
別に逃れる必要はないんじゃないか、と。
誰にだって悲しい事はある。でもその悲しいことや自分が心に負った傷は、その一つ一つが経験として人生の糧になる。それに、思い出はいつだって後ろを振り返れば見えるものだ。その過去に確かに存在した暖かさや楽しさは、きっと失ってはいけないものだと思う。
「……次はちょっと別の曲を弾かせてもらうわ」
断りを入れて、俺はある歌を歌った。
あの人にこれを聞かせたいんじゃない。あの人に俺の考えを俺なりに伝えたい。そのために歌を借りながら、ギターを激しくかき鳴らす。
深く心を抉った思い出は、出来れば消えないで欲しいな――
あのとき
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